強襲

 草木も眠る丑三つ時、俺は王都の南西、この国で最も広い流域を持つ大河の辺に立っていた。この地域には、背の高い倉庫がぎゅうぎゅうに敷き詰められており視界がまったく通らない。昼はともかく、夜間ともなれば人気もなくなり何かを隠すにはもってこいの場所なのだろう。巨大な川は、それだけで有用な交通路となる。王都に運び込まれる、もしくは持ち込まれる品の大半は、この倉庫街を経由するとも聞く。今回向かっている魔王軍の拠点も、他の地域から秘密裏に流れてきたムーンシャインを保管する秘密倉庫なのだろう。



 俺は、指先に熾した魔法の光で地図を確かめる。地図に従い、倉庫と倉庫の間の狭い路地を進んでいく。倉庫は、どれも似たような造りになっており地図がなければ完全に迷っていただろう。魔王軍の拠点は、そんな迷路のような道の一番奥にひっそりと建っていた。秘密なのはわかるが、こんな迷路の最果てに倉庫を設置して、いったいどうやって荷下ろしをしてるんだ……?


 正面の大扉も締まっているが、わずかに光が漏れている。近づくと、倉庫の中に多くの気配を感じた。俺は、中の様子を伺えないかと建物の周囲をぐるりと回ってみることにした。建物の側面に回り込むが、窓が一つもない。そのまま裏へと回ってみる。



「なるほどな、こんな所でもやっていけるわけだ……」



 倉庫の背後には、大河がひろがっていた。建物から直に伸びた桟橋が、河へと突き出ている。荷物の搬入搬出は、全て水路を利用しているというわけだ。偵察と呼べるほどの成果はなかったが、突入は実にやりやすくなった。出入口が二つしかないということは、つまり、敵を逃してしまう可能性が少ないということだ。


 俺は、普段より一際声のトーンを落として魔法の詠唱を始める。



「氷結魔法 ストロングアイシクル」



 全身から力が抜け、強い疲労感に襲われる。魔力切れの症状だ。片膝をつき顔をあげると、持っている魔力を全部つぎ込んだ甲斐あって、大河の一部を凍らせることに成功していた。これで半日は、船を出せない。敵の逃走経路は、正面の大扉に絞られた。



 大河の異変に、中の連中はまだ気づいている様子はないが時間の問題だろう。俺は、呼吸を整え正面大扉に向かった。



「久しぶりに、勇者らしく正面から堂々と行こう」



 誰に言うでもなく呟き、俺は大扉へと手をかけた。



 ごごごごご。大扉は、大きな音をたてながら少しずつ開いていく。すると、その音を聞きつけて倉庫の奥から男が出てきた。背が大きく、シャツの上からでもその屈強さが伺われるほど筋肉が張っている。なるほど、一見すると倉庫街で働く大男といったところだ。



「なんだぁ、おまえ?」



「……俺はただ眠りたいだけなんだ」



「じゃあ、家に帰って眠れば?」



 困惑する大男をしり目に周囲を伺っていると、更にもう一人やはり、同じような背丈の大男が異変を感じてやってきた。



「おいどうした?」



「いや、酔っ払いが入ってきちゃってるんだよ」



「いやまて、そいつどこかで……」



「おまえら、靴はどうした?」



 俺からの不意の質問に屈強な男二人は、はっとした顔で自分の足元を見る。彼らは、二人とも素足で妙なことにつま先だけで立っている。


 大男たちは互いの顔を見合わせ、次の瞬間、二人同時に俺の顔めがけて拳をふるってきた。しかし、そこには既に俺の顔はなく拳は空をきる。俺は身体の力を抜き、重力の助けを借りることで尋常ならざる速度でしゃがみ込み拳を回避したのだ。攻守交替と、俺は剣を鞘ごと腰から引き抜き、勢いそのままに最初に出てきた男の顎を剣の柄でくだく。そして、息つく暇もなく剣を純手にもちかえ、右の男の側頭部を振りぬいた。



「今度、人間に化ける時はしっかり靴を履いておけ」



 二人の大男は、地面に倒れ伏せ、しゅうしゅうと煙があげ魔物の姿へと変わっていく。変身魔法だ。大男たちの頭から二本の角が、尻からは尻尾が生え、つま先は蹄へと変わっていく。ミノタウロスだ。そりゃあ、蹄があるのだから靴をはく習慣はないだろうさ。

 

 しかし、こいつらいつかの倉庫で出会った連中じゃなかろうな。いや、俺に魔物の顔は見分けられないし、仮にそうだとしても再開を喜び合う関係ではない。


 倉庫の中には、信じられないほどの大きさの大樽が並んでいた。大樽からは、あちこちに俺の腕ほどの太さがある配管が伸びている。なんだこれは、ただのラムランナーの拠点とは到底思えない。ここは、何か別の目的を持った施設なのかもしれない。


 倉庫の最奥には、中二回になっているところが見える。そこには、倉庫の中だというのに更に小さな建物がぽつんと立っていた。一先ず、あそこを目指してみよう。



「そりゃあそうだよな」



 俺の行く手を、大勢の男たちがふさいでいた。入り口での物音を聞きつけてきたのだろう、その手には、斧やこん棒といった武器が握られている。彼らは、俺の背後に倒れている二頭のミノタウロスの姿を見ると、雄たけびをあげて突撃してきた。



 男たちは一歩進むごとに、その姿を魔物へと変貌させていった。顔が膨れ上がり、腕はさらに太く、足は更にたくましく。ミノタウロスはもちろん、オークにオーガまでいる。まるで魔物の見本市だ。


 対する俺も、歩を進める。少しずつ歩幅を広げ、最後には駆け足で魔物たちへと突撃する。今の俺の姿は、傍から見れば雪崩につっこむ小石の一つに過ぎないだろう。


 俺と魔物たちとがぶつかると、その衝撃が爆発のように倉庫に広がった。俺は、速度を落とすことなく剣をふるう。対する魔物たちも、同様だ。俺は、その身をもって彼らの剣を受ける。避ける必要など一切ない、彼らの斧が俺の肌を切り裂くことはないし、そのこん棒で血が流れることもない。だが魔物たちは別だ、俺が剣を振るごとにその巨体が崩れ落ち、吹き飛び、うめき声をあげる。とても美しいとは思わないが、俺が与えられた耐性の力を最も効率的に使える戦い方だ。


 大雪崩を抜け切ると、俺は踵を返し再び魔物たちの群れへと突っ込んでいく。それを繰り返すたびに、立っている魔物の数は減っていく。息が上がるが疲労感はない。極度の興奮状態で、神経がマヒしているのだろう。着ている服もズタズタにされているが、見た目ほど俺にはダメージはない。


 

 魔物たちの第二陣がやってきて、俺を取り囲んだ。先ほどの、戦いぶりをみて警戒しているのだろう。単なる力押しでは勝てないと踏んだのだ。しばしの膠着状態は、一人の男によって崩された。



「勇者め! ついにこんなところまで来たか!」



 その声は、倉庫の中二階から聞こえてきた。見ると、赤い褐色肌のオーガが立っている。その姿、誰が忘れようか炎魔将軍。


 あいつは、遊び人の顔に傷をつけた糞野郎だ。「手加減は抜きだ」と、剣を鞘から抜こうとしたその時、突然背中に激痛が走った。俺の体は宙に浮き、前方へと逆九の字で吹き飛ばされる。



「だめだ、やっばり刃が通らない」



 受け身を取って、振り返ると片目に眼帯をしたミノタウロスがいた。ミノタウロスは、自身の斧を不思議そうに眺めている。しゃがれた声に、他のミノタウロスより一回り大きい身体。魔物の顔は見分けられないといったが、こいつは覚えてる。



「あの時のやつか……っ!」



 ミノタウロスは、今度は俺のほうを不思議そうに見つめてきた。



「なんで、剣をぬいでいないんだ?」



「答える必要はないっ!」



 俺は、僅かに風を切る音を頭上に感じ、慌てて前転して避ける。中二階から飛び降りてきた炎魔将軍が、先ほどまで俺がいた地面を切り裂いていた。炎魔将軍がチッと舌打ちをする。



「耐性の勇者をなめるな。たとえ不意打ちだろうが、俺に二度の同じ失敗はない」



 憎き炎魔将軍を鼻で笑ったつもりだったが、奴は気にもかけず口角をあげた。



「いや、確かによく避けたものだ。流石は女神の力を受けたものだ。しかし避けたということは、私の剣なら貴様も切り裂けるということだろうか?」



「だったら試してみろ……っ!」



 ボス戦の始まりだ。

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