第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵家業で食っていく~シュレディンガーの猫①
「シュレディンガーの猫」
この言葉以上に、僕の心を揺さぶる言葉はこの世には存在しない。
理屈はよくはわからない。箱の中に居るかどうかわからない猫を殺すとか殺さないとか。猫が死んでるとか死んでいないとか。
誰がなんのために、どんな理屈でこんなこと考えたんだろうか。
しかも、その内容がよく知られぬままにその言葉だけが世に広まっている。シュレディンガーの猫が独り歩きしている。猫だけに。うまいか?
さて考えるにこの猫に関する考察は、シュレディンガーって奴が思いついたんだろう。
奴は、きっとコークハイを飲もうとして間違って灯油でも飲んじまったに違いない。要するに、ぶっ飛んでたわけだ。
でなければ、正気でこんな謎の理論を思いつくわけがないではないか。だがシュレディンガーよ安心してくれ、それは成人男性にしてみればよくあることだ。
成人して間もない僕にすら、その気持ちはよくわかる。うん、それっぽい名言を言いたいことってのは誰にだってあるよな。
特に、アルコールが脳内を駆け巡っているときは特にだ。
そしてもう一つ、シュレディンガーの猫の誕生秘話とは別にわかっていることがある。
そうそれは、探偵の僕が推理するに「シュレディンガー」。奴はドイツ人に違いないということだ。
なぜかって?
それは、世の中の恰好いい言葉は全てがドイツ語を起源とするモノであるという僕の経験則に基づくものだ。
さて、こんな妄想を平和に生み出すことができているのは今日もまたこれといった仕事もないからだ。
僕はパソコンの画面に集るクソ虫どもをティッシュでつぶす作業に明け暮れていた。
突然の来客などあるはずもなく、今日の俺は下着一枚のパンツ太郎だった。
扉が鳴る。最近の扉はよく鳴くものだ。いや、扉が鳴くはずがない。来客だった。
「そんなに扉を叩かないでください。ブザーがあるでしょうが。」
「ブザーなんてどこにあるのよ!」
扉の向こうから女の金切り声が届けられた。
そうだった。ブザーの野郎は、給料を支払わないなら監督署に訴えると言ってつい先日出て行ってしまったのだ。
「あなたが仕事をくれるなら、ブザーもきっと帰ってきてくれるに違いない。ただし奴に給料を払うつもりは相変わらずないですが」
扉を開け入ってきた女性は、見目麗しい『電卓』夫人であった。
そう、最近の電卓は独り立つことができるのだ。
あな素晴らしき異世界や。
「仕事の依頼よ、探偵さん。」
僕は、生まれてこのかたその存在を一切信じていなかった神に祈りをささげる。
「神様どうか、電卓の喋らない世界に転生させてください。」
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