第10話≪ソラの章②≫【lost-one】ー教養と闘争の反乱/オリンポス神ー

瞼を閉じればそこにはプラハの迷宮が広がる。

百塔の都の散歩道をぼくは彷徨う。

地下鉄C線ヴィシュフウラド駅で下車すると、真っ直ぐ丘の上を目指して足を踏みしめる。

伝説によると、ボヘミア王家の祖プシェミスル家を誕生させたリブシェ女王は最初の城をヴィシュフウラドに建て、プラハの未来を預言したといわれている。

ヴィシュフウラド地区はプラハ6市の中では一番小さな地区であるヴルタヴァ川に沿った一帯である。

ヴィシュフウラドとはスラヴ語で「高い城」を意味する。城が建てられたのは西暦10世紀前半とされる。

二本の尖塔がそびえる聖ペテロ聖パウロ教会の鐘楼からスメタナの『モルダウ』が清らかに流れ心が浄化されていく。 

丘の上からヴルタヴァ川を一望する。後ろには風化したロトンダ【円形礼拝堂】とチェコ人なら知らぬ者はいない著名人が静かに眠る墓がある。

屋根付き柱廊の中にあるドヴォジャークの墓に、地元の住民だろうか、美しい白人の女性が金髪を靡かせながら献花を捧げている。

ぼくは丘からヴルタヴァ川に降りる階段をたったったったっと降りていく。丘の麓には真下にキュビズム建築で有名な3世帯住宅が珍しいクリスタルカット技術で魅せる鋭角の立体感が堂々と現れる。


1枚の壁を一枚の平面と見立て、そこに凹凸をつけ壁に「空間」を創造した建築技術である。

x軸とy軸でできる一次座標、それに鋭角というz軸を展開しベクトルをラインアップする。

この技術の創造者は、平面図から微分だけでなく積分も可能にした。


何もない?僕らはステレオタイプに縛られて面白みのないどんぐりの背比べな発想をしていないか?

何もない。本当に?0はインドでは神聖な数字とされる。

何もない。僕らはついつい諦めて目的や目標を見失ってしまってはいないだろうか?


古代遺跡は静かに佇み、僕に幾億年の時空を超えてものの見方について教えてくれる。

自然の創り出す造形物は神々の子。

人間は「今の状況」をより良くと頭で様々な考えをめぐらし、数学・天文学・工学・思想・哲学・医術・藝術などを創造した。

空には雲で絵が描ける。時間によって波長のバランスでロマンチックなカラータッチを魅せる。

海岸の砂浜に流れ着いた貝殻や摩耗してまぁるくなった石やガラスを並べて文字や絵を描くことができる。

奈良の春日山には大の字を炎で描く。

夜空という漆黒のキャンバスに、花火職人は炎色反応と音学に合わせて連打するプログラミング技術をもって、壮大な色と光で画を描き、多くの人の心に感動という感情を巻き起こす。

絵の具がないなら、植物の色素でパピルスに文字を書けばいい。壁に楔文字を彫刻して刻めばいい。


ぼくらはなにもないところから画【artwork】を描き、見る者の感性の反乱を呼び起こすことができる。


そう、0はinfinity【∞】。

ぼくらは、皆発明家のエジソンになれる。

隣の人とは違う発想、アイデア。

みんな違うから個性が光る。

ORIGINATE…


いつも通る道、いつも見る風景、いつものルーティンワーク、いつものありきたりの日常。

斜めから見る。うずくまって観察する。片目だけで眺める。

僕らは皆創造者。


ソラは瞼をゆっくり開けて呟く。


「諦めず自分自身を信じぬくこと」


何度も読みこみ、ぼろぼろで手垢、黄ばみで変色がっかているある書籍を一心不乱にソラは読み耽っていた。その一冊の分厚い本はホメロスの叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』に魅せられ、空想の神話の話とされて馬鹿にされたり誰にも相手にされなかったが、絶対にこの世にあるはずだと自分の信念を貫き通しトロイヤミケーネの古代遺跡を発掘する偉業を成したハインリッヒ・シュリーマンの伝記だ。

しゅたたたたた とっとこっとことこ も~ひもひっ く~しくしッ ちちちのちー!

寝そべるソラの身体の上を一生懸命走り回ったり、しがみついたり、頭を狭い場所から みょっ とだして遊んだりとっても楽しそうにジャンガリアンハムスタ―のふくは天真爛漫さが弾けている。


「「これを見た人はきっと【トロイヤ】を見たんだ。そうじゃなかったらこんな凄い画を描けるはずないもの」」


ソラとシュリーマンの思いが同期する。


「まわるよ。僕だけの空座標は。」


カーテンの隙間から窓のガラスを通り抜けて牡牛座がにっこり微笑んでくれる。


「会いに行くよ…12のオリンポス神々」


決して闘いが好きなわけではないが正義に対して勝利をもたらす神、アテナ【ミネルヴァ/ハル】。

太陽の神、知性、芸術、医術、詩、弁論の守護神、アポロン【カイ χ】。

月の神でもあり狩猟と山野の神でもある処女神、アルテミス【ディアナ/ツキ】。

優雅でセクシーな美と愛欲の女神、アフロディーテ【ヴィーナス/ ミケ】。

家族と都市の保護者であり、すべての孤児と迷子たちの母、ヘスティア【ヴェスタ/ユウカ】。

頭の回転が速く巧妙な策略家で神々の使者であり堅琴、数学の発明者、ヘルメス【マーキュリー/カナデ】。

大地母神。雨を降らしたり快晴したり天候を操り、植物と穀物、豊穣と収穫の神、デメテル【ケレス/ソラ】。

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