Day3 優しい星と七つ星
中学二年生になって、間もない頃だった。
死にたがりの七星という噂が、隣のクラスに居た優星の耳にも届いてきた。
七星 真白のことを知らない人物は、あの学年にはいなかったのではないだろうか。
どこからよじ登ったのか、体育館の屋根で気持ち良さそうに走り回ったり、二階から飛び降りてみせたり……先生も随分手を焼いていた。
やることなすこと、よく死ななかったなと思うことばかりで、死にたがりどころか、もう棺桶に半分入ってしまっているようにしか見えなかった。
ある日、体育の授業中に膝を擦り剥いた優星が保健室を訪れると、ちょうど真白が保健室を出て行くところだった。
出入り口は一つしかない。優星が道を譲ってやると、真白がにぃっと笑った。
「ありがとう」
ヘタクソな笑い方が、妙に印象に残る。
保険医に処置をしてもらって、グラウンドに戻ろうとしているところで、真白を見かけた。
階段の影に隠れて、彼女はカッターで自分の腕を切りつけていた。
――死にたがり、か。
気付かなかった振りをして、その場を立ち去ろうと思ったけれど、タイミング悪く真白と目が合ってしまった。
「えっち」
「誰がえっちだ」
「えーっと……隣のクラスの、なにくん?」
「……一色。一色 優星」
「ゆーせーくんはえっちだ」
「ちげーよ」
何が面白いのか、彼女が楽しそうに、腹を抱えて笑っている。
「知ってた? リスカじゃ人は死なないんだよ」
「当たり前だろ」
真白の切りつけた腕よりも、優星の擦り剥いてしまった膝のほうが出血も多くて重傷だ。
こんな傷で死ぬなんて真っ平ごめんだ。
「そっか、当たり前なのか」
ちぐはぐな会話に、優星は顔をしかめた。
付き合ってられないと、そのまま立ち去ろうとすると、真白が走ってきて、優星の背中に勢いよく抱きついた。
一瞬、カッターで刺されたのではないか、と思った。
けれど、まだそっちのほうが良かったのかもしれない。
彼女は、優星の背に愛しそうに頬ずりをして、
「ねぇ、一緒に死のうよ」
と一言呟いた。
大人になってしまえば、あの時なんでそんなことをしたのだろうと思うことがある。
優星にとって、真白とのことがそうだった。
真白の言葉は、甘い甘い蜜のように優星の中へと広がって、あっという間に心を絡め取ってしまった。
思考の一切を奪っていく、麻薬のようだと思う。
それから、二週間。優星は時間があれば真白の元へ行くようになった。
周囲からは、付き合っているとか、パシリにされているとか、あらゆる噂が立ち、興味が視線となって優星に纏わりついてきた。
それを振り払うように彼女の元へ走る。
あの時優星にとって、真白だけが、世界の全てだった。
「なんで文豪って自殺することを選ぶのかしら。生き物って、放っておいてもいずれ死ぬのに」
優星が答えに窮していると、彼女は優星の唇にキスをした。脳がしびれて、なにも考えられなくなっていく。
真白はいつも日向の匂いがした。その度に、彼女がどこをどう歩いていたのだろうと考える。
真白の華奢な体に触れようと手を伸ばすけれど、壊れてしまうかもしれないと思うと、怖くなって手を引っ込めた。
「……わたしが言っても説得力ないか」
――ね。優星くん。
そうして、真白のリストカットを見守りながら、二人で一冊のノートを書き綴っていた。
そこには、この甘やかな雰囲気とは裏腹に、自殺をする方法しか書かれていなかった。
平成が終わるまで、残り五日。
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