5-6 精彩に翔ぶ

「はあ」


 華也は大きなため息をついた。六之介と五樹が早朝から舟で調査に赴き、今は集会所で結果を待っている。その間に華也と綴歌は聞き込み調査を行っている。しかし、結果は悪い。多くの家々で門前払いを受けている。

 最初は怒りこそ覚えたが、幾度も拒絶され続けると、それを通り越し悲しくなってくる。綴歌から、村人が魔導官をよく思っていないということは聞いていたが、ここまでだとは考えてもみなかった。


「どうしましょうかね……」


 住良木村唯一の神社、住良木神社の御神木の脇にしゃがみ込みながら、地面に意味の持たない図形をひたすら描いている。このままでは情報などろくに得られない。しかし、村人たちと距離を詰める方法が思いつかない。

 普段ならば誠心誠意を込めて任務に取り組むことを伝え信頼を得るのだが、今回は違う。住良木村の人々の多くは、任務の成功、不浄の殲滅を望んでいない節がある。

 このまま不浄を残すのは危険である。死者も出るだろう。しかし、それはあくまでも仮定。死者は出るかもしれないが、出ないかもしれない。一方で、不浄がいなくなれば、国によって確実に村は潰されてしまう。当然、村人の生活は保証され、開発後も住良木村の人々を率先して住まわす。しかし、村人はそれが気に食わない。この地にあれば、住良木村という名前であればいい、というわけではないのだ。

 だから彼らは、確実である分、仮定を選んでいる。


「はあ」


 もう一度ため息をつく。


「どうしたの?」


 声がした。顔を上げると、海を映したような青色の着物を纏った童女が心配そうに華也を見ている。


「おなか、いたいの?」


「……ううん、そうじゃないの。元気だよ」


 笑って見せるが、童女は納得していない。ずいっと顔を近づけ、目と目が合う。金色の眼が、日の光を浴びて宝石のように瞬いている。


「……うう」


 いたたまれなくなり、目を逸らしてしまう。


「おねえさん、まどうかん?」


 漆黒の装束は日ノ本全土老若男女に知れ渡っている。


「ええ、そうよ。私は鏡美華也。あなたは?」


「たちばなみお」


 橘美緒は、潮風のせいか乾いた髪を揺らしながら、本殿に見る。築数百年は経っているであろう、今にも崩れ落ちそうな様相である。しかし、年季を感じさせるためか、どこか荘厳な雰囲気がする。


「まどうかんって、ふじょうとたたかうんでしょ?」


「ええ」


「じゃあ、どうしてここにきたの?」


 どうして、と言われると返事に困る。華也達は任務を伝えられ、住良木村に向かうよう命令され来たのである。


「この村に不浄がいるの。それで村の人たちが何人も犠牲になったかもしれないから、それを確かめにきたのよ」


 美緒は視線を華也に戻す。まだ十にも満たないであろうはずが、その眼光は刺す様に鋭い。

 この娘も、不浄を殲滅することをよく思っていないのだろうか。


「……いないよ」


「え?」


「ふじょうなんて、この村にいない」


 ざわりと潮風を受け、新緑が揺れる。鳥の鳴き声も止み、不気味な静寂に包まれる。


「それは、どういうこと?」


「そのまま。どこにもいない。なのに、お兄ちゃんがいなくなった」


 その言葉にはっとする。橘という苗字は、行方不明者の中にもあった。橘雄太という最年少、十三歳の少年だ。この村に橘姓は一軒しかない。


「お兄さんは、橘雄太君?」


 こくりと頷く。


「うみも山も、川もなにもかわらない。いつもどおり。でもいなくなったの」


「……お兄さんを探しているの?」


 再度頷く。


「……そう、見つかりそう?」


「分かんない」


「……じゃあ、お姉ちゃんが手伝ってあげる」


「いいの?」


「もちろん。その代わり、村の色々な場所、教えてね?」


「うん!」


 初めて笑ったその顔は、ひまわりの様に明るく、魅力的なものであった。

 立ち上がり、美緒の手を取る。


「じゃあ、むこうにあるぬまにいこう!」


「沼なんてあるの?」


「うん、カエルとかカニとか、あとホタルとかいる!」


 快活に喋りだす美緒に微笑ましさを覚える。一人で兄を探すことに心細さを覚えていたのだろう。

 手の中にある小さな温もりが、途端に愛おしく思え、同時に悲しくもなる。


 どうか、行方の分からない人たちが無事でありますよう、どうか奇跡が起こりますよう、華也は願わざるを得なかった。

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