4-7 挙り芽吹く

 歩き続けて早二十分。未だに果てが見えない。幸いなのは、足場がしっかりしているという点だろう。おかげで転ぶこともなければ、余計な体力を使うこともない。綴歌は背負われながら、回復魔導による治療を続けていた。ただ、回復魔導が苦手であるらしく、ひどく手こずっていた。


「ちょっといったん休んでいい?」


 とはいえ、さすがに背負いっぱなしは疲れる。彼女らのように強化の魔導を使えればいいのだが、六之介は魔力が少なすぎるため発動できない。


「かまいませんわ」


 許可が下り、綴歌をそっと下す。壁にもたれかかり、大きく息を吐き出す。


「……その」


 綴歌が俯き、小さく呟く。


「なに?」


「ええっと、その……」


 彼女らしくなく、歯切れが悪い。


「あ、ありがとう、ございます……ですわ」


 その言葉に驚く。まさか彼女の口から感謝の言葉が聞けるとは思わなかった。綴歌は顔をそむけている。しかし、暗闇でも分かるほどにその耳は真っ赤であった。

 思えば、出会いが良くなかった。お互いを知りもしない戦いだったとはいえ、素人であるはずの自分に敗れてしまった。それも、戦う気がないならともかく、戦意高揚していたにも拘わらずである。綴歌もまさか負けるとは思っていなかっただろう。だから、立候補して戦ったのだ。

 露骨な態度には出ていなかったが、彼女の中には悔しさと恥ずかしさがあり、六之介を認めたくないが、そうせざるを得ないという思いがあったのだろう。


 だが、それらを爆発させず、平常に振る舞い、そして乗り越えた。そんな言葉であると感じたのだ。


「ああ、どういたしまして。それと」


 きっと彼女とは、否、彼女ともうまくやっていけるそんな確信がある。

 綴歌は一歩踏み出してくれた。ならば、今度はこちらの番だ。手を差し出す。


「色々分からないこともあるし、手を煩わせるかもしれないけど、よろしく」


 瞠目するも、手が差し出される。それをこちらから握る。

 目と目が合うと、綴歌はいつもの勝気な雰囲気を身に纏い、力強く頷いた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ、『竜』之介さん」


「ちなみに、竜は六だからね」


「え? そうなんですの?」


 恒例のやり取りを交わした。その時であった。

 視界の隅に、ふわりと揺れるものがあった。それは緑の蛍光色を放ち、中空を漂い、霧散する。


「!」


 六之介と綴歌が同時に目を向ける。

 最初の人魂は消え失せるが、次々と現れ、彼らを惑わすように揺れ動く。


「これはいったい……」


 なんの予兆もなく現れた存在に目を奪われる。一方で、綴歌は冷静であった。

 人魂がどこから現れるのかを彼女ははっきりと目にしていた。


「下……?」


「下?」


 綴歌の視線の先に、楕円を帯びた白い物体が無数にあった。それは、六之介が資材置き場で見たものと同じもの。


「茸だ」


 ぶつりと、手に取る。外で見たものとは違い、傘が柔らかく風船のように丸く膨らんでいる。


「蛍茸ですわ」


「ほたるだけ?」


「ええ。このへんに群生する茸の一種で、別名が提灯茸。そして、その名前の由来が……」


 六之介の手にした茸から蛍光色の光が漏れ始め、ぷくりと提灯のように膨らみ、爆ぜる。放出された胞子が蛍光色を帯びながら、中空に広がり、消えていく。


「そうか、だから蛍か」


 蛍の発光とよく似た色である。

 そして、勇雄に見せられた写真を思い出す。写っていたのは、黄緑色の人魂。つまり。


「これが、人魂の正体か」


「でも、おかしいですわ。蛍茸は日の当たる場所にしか生えないはず……こんな暗闇では育ちません、それに、こんなに大量の胞子をばら撒くなどありえません」


 蛍にしては大きな光だと思ったが、異常であるらしい。

 じっと目を凝らすと、蛍茸は点々と育っている。その先に、妙な暗闇がある。隧道から外れている場所に、洞窟がある。


 綴歌と共に、隧道の外れに向かう。そこは一部が崩れ落ち、多々羅山内部にあった洞窟とつながっているようだった。

 そして、そこでは無数の蛍茸が胞子をまき散らし、ぼんやりとした光に包まれている。そして、その入り口にはつるはしや円匙が転がっている。飯場に並べられていたものと同じであるようだった。


「この洞窟……」


「どうしたの?」


「いえ、魔力が外から流れ込んでいますわ」


 綴歌の目つきが険しくなる。不浄の可能性があるということだろう。

 今の彼女は本来の実力が出せないのは明らかだ。だが、だからといってここで引き下がれない性格であるというのもなんとなく分かっていた。


「六之介さんいかがなさい」


 皆まで言わさず、動き出す。背中で綴歌が気にかけていてくれることが伝わってくる。


「いいから。まあ、不浄がいたら何とかするさ。逃げるのも得意だし、戦うのも結構得意なんだよ」


 慢心ではない。経験から来る自負にして、自尊心である。

 奥へと進む。湿気が増すため、足元に注意する。蛍茸は数を増していくなか、奥から光が漏れていた。胞子の放出では出せない、強い光。それは太陽による光だった。

 ずっと暗闇にいたせいか、そんな光ですらひどく眩しい。だが、足を止めずにたどり着く。


 そこにあったのは。


「……」


 二人でぽかんと間抜け面となる。目を見開き、驚愕の意を隠せない。

 そこは円形に開けた場所であった。おそらく、存在していた空洞の天井が風化によって崩落し、このような大穴となったのだろう。だが、彼らを驚愕させているのはこの地形ではない。この空間の中央に鎮座するもの、その存在感に呑まれていた。


 巨大な五本の蛍茸である。大きさは十メートル近いだろう。大木ほどもある茎を有し、その傘は傘と呼ぶことも憚れるほど巨大である。屋根といったほうがいいかもしれない。胞子を身に纏っているのかぼんやりと輝いている。

 そんなものが五本、並んでいるのだ。圧倒されぬはずがない。


 そして、魔力はそれらから放たれていた。


「これが不浄?」


 鵺とは対極的な神々しさに戸惑うが、綴歌が首肯する。


「……でも妙ですわ。確かに洞窟内よりは魔力量が濃いのですが、この巨大な蛍茸から魔力が出ているというわけではないように感じます」


「どういうこと?」


「多々羅山を散策した際、山全体が高魔力を帯びていると申したでしょう? この茸がその源であれば、山全体の魔力濃度を上げるほどとなれば、その魔力量が膨大となるはず。ですが、変わらないのです。周囲と同じ程度の魔力しか有していないのですわ」


 生えていた一本の茸を手に取ると、ぷくりと膨らみ破裂、蛍色の光球が泳ぐ。


「それに、この人魂の正体の胞子散布ですが……放出される魔力量が外の高魔力と同程度……いったい何がどうなっているのか。まるでこの巨大蛍茸の分身が生えているようですわ」


 はっとする。

 記憶の中に、答えがあった。


「そうか、それだ。全部同じ固体なんだ」


 たしか前の世界にて、アメリカで世界一巨大な生物が発見された。その正体が茸だった。単体のみではなく、菌糸を伸ばすことによって同じ遺伝子を持つ固体を増やし、結果的に山一つを菌糸で覆ってしまったという内容であったはずだ。今回はそれと同じだ。

 目の前ににある巨大な蛍茸は不浄となり、膨大な時を生きるようになった。その過程で菌糸を伸ばし多々羅山全土を覆うようになった。その菌糸から魔力が放出されているのだから、どこでも同じ魔力量になる。


「綴歌ちゃん、土砂除って知ってる?」


「ええ、魔術具の一つですわよ? 工事現場などで見かけるものでしてよ」


「それって動力部に高魔力の物質が流れ込んだりしたら、誤作動を起こす?」


「どうでしょう? 専門家ではありませんが、魔術具ですからあり得ると思いますわ」


「この辺と同じぐらいの高魔力なら起こり得る、と」


「ええ、十分に」


 勇雄から聞いた魔術具、土砂除の誤作動。これは胞子が流れ込み起こったものだと考えられるのではないか。

 ということは、今回生じた爆発事故自体がこの不浄が原因であるともいえる。


「六之介さん、先ほどの同じ固体というのは」


「ああ、ごめんごめん。簡単にいうと、この多々羅山全部が不浄ってことだよ」


「はあ!?」


「茸は胞子を撒いて、胞子から菌糸ってのを出して芽吹く。この山全部、菌糸に覆われていると考えた方がいい」


 無数の茸が、挙り芽吹いているのだ。

 綴歌はそんな馬鹿な、でも魔力量を考えると、茸の生態は、などぶつぶつと呟いている。


「今考えるのは後にして、ここから出ない?」


 華也も心配しているだろうし、この結果を報告しなければならない。そして、何かしら対策を講じなければならないだろう。


「え、ええ、そうですわね。でもどうやって登ります?」


 壁は垂直であり、掴まれるような突起もない。加え、少し体重をかけるだけでぼろぼろと崩れてしまう。


「なんてことない、外が見えてるんだから」


「何をするおつもりで……」


「そう身構えないの。自分はこういうことが出来るの……っと」


 一瞬にして景色が変わり、木々の中に降り立つ。綴歌は現状が理解できていないようで、きょろきょろとしている。

 六之介は彼女を降ろすと、一瞬その場から消え、戻る。


「今、上空から見てきた。隧道はあっち」


「そ、そうなのですか……」


 淡々と進める六之介についてこれず、混乱した様子の綴歌だが、それに臆することなく、二人は飯場に戻ることとなった。

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