3-1 時を綴る

 六之介は華也に連れられ、二階建ての木造集合住宅の前にいた。一階部分は共同の台所と風呂、管理人の居住区などがあり、二階は貸し部屋、そして屋上に洗濯物を干すために解放されている。

 周囲の家屋と比べると、真新しく、大きく、ちょっとした庭まであり、桜や梅、椿の木が植えられ、青々と葉を茂らせている。

 『松雲寮』呼ばれる魔導官専用の寮である。

 二人は布団や衣装箪笥、文机などが運び込まれる様を眺めていた。


 事の始まりは、雲雀の一言。

 華也に対し、六之介の住居を整えるよう命じたのだ。その際に文庫本ほどの厚さの札束を渡され卒倒しかけたが、彼曰く端金だという。

 魔導官というのはそれほど儲かるのかと華也に問おうとしたが、明らかに動揺している彼女を見て署長が異常なのだと分かった。


「ええと、家具はこれで完了ですね。あとは、衣類などですか」


 村から持ってきたものもあるが、かなり傷んでいる。みてくれなど気にしない六之介だが、御剣で生きる上では悪目立ちするだろう。


「悪いね、何から何まで」


「いえいえ、お気になさらず」


 その表情は明るい。心底楽しんでいるように見えた。

 服屋の場所など知る由もないため、彼女についていく。


「華也ちゃんって、世話好き?」


「両親や兄、姉によく世話をしてもらっていたので、私もそうなったのかもれませんね」


 照れ臭そうに笑って見せる。


「へえ、お兄さんやお姉さんがいるんだ」


「はい。兄が三人、姉が七人です」


「…………は?」


「いかがなさいました?」


「多くない? いや、断言する、多い」


 以前の常識で考えれば、ありえない数だ。翠嶺村でもそこまで子沢山な家は無かった。


「え、なんなの? 君の家、卵生?」


「いえ、普通に胎生ですけれど……でも、確かに平均的には子供が四人ほどですから、多い方かもしれませんね」


「いやいやいやいや、それでも多いからね」


「六之介様の世界では、どのくらいが当たり前なのですか?」


「ええっと、二人いかないね、一.五くらい?」


 詳しい値は覚えていないが、少子化を取り扱ったテレビ番組を見ていた記憶を呼び起こす。


「そ、そんなに少ないのですか!? それでは、すぐに人がいなくなってしまうのでは?」


「まあ、若い人は減ってるね。七十とか八十の老人は増えてるけど」


 少子高齢化だ。医療技術の進歩により長生きできるようになり、それと同時に出生率が下がった結果である。もう関係のないことだが、今後どうなっていくのか、見通しは不鮮明だ。


「な、七十? そんな長く生きられるのですか?」


「ごろごろいるよ、最高齢は百十歳とかだったかな」


「ひゃっ!」


 もう訳が分からないと、華也は頭を抱える。


「君たちの平均寿命って、どれくらいなのさ」


「五十五、と言われています」


「それは、随分と短いな……不浄の存在や医療技術の発展途上が原因?」


「いえ、単純に寿命で」


 人間の体は百二十年ほど生きられるように出来ているという。しかし、ストレスや生活習慣などによってそれは大きく変化し、百二十年を全うできる者、その半分も生きられない者など多様である。

 五十五というのは本来の寿命の半分以下である。それが平均だというのには、何かしら理由があるのだろうか。


「やはり、魔力のせいなんでしょうかね……」


「魔力のせい?」


「はい。伊達や酔狂で『魔』の字を与えられてはいません」


 六之介の知る字とは形は違うが、意味は大きく変わらないようだ。

 魔という文字に、良い意味合いはない。負の方向への意味を孕み、悪しきものとされる。


「はるか昔、魔術、魔導、魔法の区別もなかった時代、人々は魔力を病や死の根源と見なしていたのだそうです。その当時の治療は現代からすれば到底考えられないようなものばかりで、中には魔力を宿している血液をすべて抜き取るというものや人形を作り魂を移すなどという方法があったといいます。人々は、魔力を怖れ慄き、拒絶しました。魔力とは、それ故に名付けられたのです」


「魔力が原因の短命、か。そうか、だから子供を多く……」


「はい。政府も子供が多いと支援金を出してくれますからね、子だくさんで生活が苦しくなるということはまずないです」


 ふと思い返すと、あれほどの群集の中を路面電車で駆けたというのに、六之介が想像するような老人を見たことがない。どんなに年老いていても初老程度であった。


「ヨイ婆ちゃんって、実はすごく珍しいの?」


「はい、初見は大変驚きました」


 村でもあの年代は、ヨイしかいない。

 六之介は、気にしたことすらなかったが、華也の話を聞き、何とも言えない思いに駆られる。

 

 自分を孫の様に扱ってくれたヨイは、一体何を思って生きているのだろうか。同年代の皆は死に絶え、一人残される。そして、誰にも分からない、誰にも打ち明けられない死への恐怖を抱いていたのではないか。

 そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。常に明るく、特に厳しく、だが誰よりも優しい人であった。

 自分は決して人好きする性格ではない。しかし、あの人には確かな好意を持った。だから、村のために尽くしていたのだ。


「……こっちの生活が落ち着いたら、いったん村に顔を見せに行こうかな」


「その際は、お付き合いさせてくださいね」


 華也の足が止まる。目的地にたどり着いたようだ。

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