第21話

 高校入試対策講習は、二学期中間テストが終わってすぐに始まる。

 もちろん彩子は5科目とも90点台を超える結果を残した。

「玉城さん、ちょっと職員室に来てください」

 塾長が彩子を呼んだ。彩子は少しだけ躊躇して俺の顔を見た。俺は(安心して)という表情で見返した。彩子は少しだけ安心した様子で中に入っていった。

「ねえ、玉城さん。あなたが受けているクラスのことなんだけどね」

「はい」

「もう、そろそろ上のクラスへ行ったほうがいいんじゃないかなと思ってね」

「・・・」

「やっぱり、沢崎先生の方がいい?」

 コクリと彩子はうなずいた。

「そっか」

「先生の授業、わかりやすいし、上のクラスだとみんなライバル心むきだしだから、私、そういうの苦手なんです」

「うんうん、そうかそうか、わかった。もっと学力が伸びればと思って聞いてみました。あなたの気持ちがわかって良かった。好きな先生に教えてもらうのも一番です」

「はい、これからも先生に教わりたいです」

 最初に触れたと思うが、職員室は塾長はパーテーションに区切られているが声は筒抜け。

 俺たち講師陣は残り15坪程度の部屋で机を風車のように組み合わせて座っている。

 きっと講師陣は塾長と彩子の会話が耳に入っているに違いなく、俺は凍りついた。

 教え子との恋愛は御法度。

 ただ、塾長と彩子の会話を聞く限り、“講師は人気があってナンボの世界”で貫き通せる。そう直感した。


 俺が教える英語と社会は俺のBクラス。

 それ以外の数学・理科・国語は上のAクラス。

 学校の成績はオール5で、5科目平均偏差値69であるにも関わらず。

 本当なら都内の有名私立高校を狙うのが普通の考え方なのに、彩子は地元の3番手校を選んでいる。

 それでいて、塾へ通い、講習まで受けている。


 俺は彩子を愛おしく思えてきた。

 なんとなく彩子の考える受験のあり方がわかるような気がしてきた。

 学力を上げたい気持ちはあるけど、受験受験で疲弊したくない。

 勉強がわかるようになってきた喜びを今彼女は噛みしめているんだ。

 ひとりで入塾してきて孤独だった彩子。

 俺に質問してきて問題がわかったときに嬉しそうな顔をしたときの彩子。

 だんだん塾に来る時間が早くなって俺が見えないと「沢崎先生は?」と探し回った彩子。

「先生、これ教えて?」と必ず毎回休み時間に質問攻めする彩子。

「で、こうなる。わかった?」と彩子を見ると、うっとり俺の顔を見ていて、説明なんか聞いていなかった彩子。

「聞いてた?」と聞くと、「うん、聞いてた」とうなずく彩子。

「じゃあ、この問題やってみ」というと、さらっと解いちゃう彩子。

 彩子。彩子。彩子。


 今日、授業の最後に彩子を呼んだ。

「なあ、この前、高校に行ってもここ続けるって本当か」

 一瞬、彩子はビクッとした顔を見せて、

「ダメなの?」と、聞いてきた。

「あ、いや、そういうんじゃなくてさ。嬉しかったよ」

 何言ってんだ、自分。

「先生、どうしたの?」

 何故か、彩子の目がウルウル眼に輝いていた。

 ちょっとだけピンク色に変わったホッペに目が移った。

「私も。先生が教えてくれるんでしょ?」

 俺は完璧に彩子に首ったけとなった。

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