第18話

 長かった夏期講習も終わり、学校が始まった。

 後期は中間テストと年間テストの2本立て。

 彩子は夏期講習でメキメキ実力を上げ、学区トップクラスの高校の合格ラインをクリアする模擬試験の結果を叩き上げた。

 その中でも、俺が教えている英語と社会は群を抜いて良く、偏差値70にまでなった。

 当然、塾では彼女を上のクラスに替えてはどうかという話になる。

「沢崎先生、いかがですか? 確か星野さんはあなたのクラスを希望していますよね」

 と、塾長が俺に振ってきた。

「はあ、確かに夏期講習の時はそう言っていましたね。ただ、」

「ただ、何ですか?」

 塾長が目を細めた。進路面談の時にドアのガラスから見えない所で宿題の質問に対応していたとウソをついた時に見せた目だった。

「彼女は春に入塾してずっと教えているので、ここは最後まで責任もって見ていったほうが良いかと思います。しかし、職員会議で星野さんのクラス替えのことが議題に上がったことは伝えます。その上で決めても遅くはないかと」

 実際、そうだった。実力が上がっても上のクラスに移ったあと成績が芳しくなくなるケースはある。特に女子の場合は。

「では、沢崎先生の言うとおり、そうしましょう。先生は星野さんと話した結果を私に報告してください。星野さんについては以上とします。次の生徒は?」

「塾長」

 と、発言したのは、この塾で番頭みたいな役割の数学の河口先生だった。

「塾内での生徒との関係は御法度ですよね」

「はい、そうです、それが何か?」

 脂汗が出てきた。ヤバい。ばれている?

「いや、妙な噂を耳にしたものですから」

 と、言って、俺をジロリと見た。

「噂というのは?」と、塾長。

「はい、いつか、大雨が降って、授業を中断して、生徒たちを帰したことがありましたね」

「ああ、ありました、ありました」

 完全にヤバい。

「沢崎先生は確か、星野さんを電車で送っていきましたよね」

「はい、そう指示しましたし、きちんと送り届けたと報告も受けています。親御さんからも感謝の連絡をもらっていますよ」

「そうですか、なら、いいのかな」

「河口先生、何か?」

「いや、同じ学校に通う伊東さんと原山さんが、廊下で『沢崎先生と星野さんがディズニーランドにいた』と言い合っていたものですから」

 と、言って、また、俺をジロリと見た。


 そうなのである。

 ノートを使った“文通”で、ディズニーに連れてってと頼まれ、断りきれずに先週末連れてったのである。

 いや、この言い方は男らしくない。

 彩子に連れてってと言われて、嬉しくなって、俺が一緒にいたいと思うようになって、『しかたねえなあ』と言いつつ、連れてったのである。


 俺が何も言わずに汗を拭いている。職員室が一瞬凍りついた。


「河口先生は女子生徒たちがペチャクチャ話している噂話にいつも耳を傾けて、しかもそれを真に受けて、それを正そうと?」

 こう言ったのは塾長だった。

「あああ、いや、そんなんじゃ」

「そういう話があれば、生徒が真っ先に私に言ってくるルールになっていることくらい、承知してますよね?」

「はい」

「私のところにはそういう話はありません。でも、念のため、沢崎先生、いかがですか?」

 しきりに汗を拭くしかなかった私を援護してくれているのかと思ったら、『いかがですか?』と急に振られ、俺は、

「そんな事実はありません」

 と、多少ビブラートのかかった声でか細く答えた。

 これじゃバレバレじゃないか。

「河口先生。聞いた通りです。もう、この話は終わりです。次、いきましょう。時間が足りない」

 ふう、塾長。結果的には、俺にも河口先生にも釘を刺すことになった。


 教訓その1。

 やっぱ、夏休み中のディズニーは危険

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