教え子 ~塾講師と生徒~ 淡くてほんのり苦い物語
井上祐
第1話
彼女が入塾したのは中3に上がる前の春期講習だった。
ほとんどの生徒は講習を受けてみてから続けていけそうかを判断し入塾する手順を踏むのだが、彼女は違った。
初めから入塾の意思を示した。
塾の評判を聞いてどうせ通うなら七面倒くさい手順を踏まずに覚悟を決めてやってくる生徒がまれにいるものだから、俺は彼女もそういうタイプの子なんだろうと勝手にフィルターをかけた。
塾長からは「あなたのクラスに入れます」と言われていたので、各科目の横の欄に5段階評価の数字が並んでいる通知票にざっと目を通した。
9科目全て物の見事にオール3だった。
確か本人が一人でやってきて入塾申込書に記入していたところを記憶していたので、その時の様子を思い出そうとしたがこちらも講習の準備でバタバタしていたためなかなか思い出せなかった。
そんなこんなであっという間に講習が始まった。
俺は、授業を始める前に、あるひとつの儀式みたいなことをする。
教室に入ってガヤガヤした雰囲気をこちらに集中させる意味もあるが、どの生徒が学力を上げそうかを予測するため、黒板を背に黙って全員の顔をひとりひとりじっくり観察するのだ。
面白いもので、親に通えと言われて仕方なく来たと顔に書いてある生徒もいれば、部活の方が忙しくて楽しくて勉強が二の次なんですと目で訴えている生徒もいる。
もちろん成績を上げたいと意気込んで目が血走っている生徒もいる。
これらの生徒は大概成績が上がらない。
一方、フラットな表情だったり塾で過ごす時間を楽しみにしているような目をした生徒が、上がる。
明確な根拠はないが、こういう生徒は授業に耳を傾け丁寧にノートを付け宿題も必ずこなしてくる。
確認のための小テストをしても満点を取るのは実は彼らなのだ。
経験というのは恐いものだ。
もちろん全員の学力を上げるつもりで授業を行うが、それができたら苦労はしない。
一人、キラキラと好奇心いっぱいの目で俺を見る生徒がいた。
彼女だった。
彼女は俺と目が合うとクスッと恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑みを返した。
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