第14話 飛べない"いそしぎ"
その日はひどい雨だった。あの時代の東京を全て流し尽くしてしまうほどに。
けれど、あの時代の人類は既に文明を手にしていたから、人々は幾らでも濡れないことができた。
しかし、出会った彼女は濡れていた。当然、彼女も傘をさしていたから、無論これは比喩的な表現でもあるのだけれど、本当に彼女が辛辣な雨に孤独に濡らされているように、私は感じた。
喫茶店の傘立てに、互いに傘をいれ、レインコートを脱いだ。私はごっつい肩パットの入った古いレインコートを着ていた。父親から貰ったもので、父親が若い頃、サンフランシスコで買ったものだったらしい。 彼女は レインコートを着ていただろうか?
あんなに酷い雨だったし、肌寒い日だったから何か上に羽織っていたのだろうけど。それが赤色をしていたのか、青色をしていたのか思い出せない。
私は彼女の裸体だけが好きだったのではない、ファッションや所作も愛していた。でも、そんな事、レインコートの色なんてどうでもいいほど僕らの上に雨は降り注いでいたのだ。
彼女は一口コーヒーを飲み、メンソールの煙草に火を着けた。その感じは上海のときの彼女とは違う人間を思わせた。痩せ細った子犬のような、雨に濡れて飛び立てない"いそしぎ"の様な印象を受けた。
この世界の何が短期間で彼女をここまで悲しませたのか疑問だった。正確には今でも時々、疑問に思う。
「何処の大学へ行くの?」
そんな、無色に思える質問を彼女が私に投げ掛け、会話は始まった。
「行かないかもよ」
「そんな事、お父様は許さないでしょ」
「未成年の喫煙は許すのにね」
私も煙草に火を着けた
「大人は勝手なのよ、貴方は知っているだろうけど」
「何かあった?」
私は当然のように、そう投げ掛けた
「いいえなにも、ただ貴方に会いたかったのよ」
結果として、私達は抱き合った。SEXという表現は何か違うと思う、Make loveも違う。
私達は抱き合うことで何か作りり出しもしなかったし、大洪水で流されつくされる世界で互いに慰めあったわけでもない。
二人は何かを喪失しあったのだ、結果として重苦しい痼が体を蝕むのを知っていながら。
彼女は私の胸の中で泣いていた、彼女の涙は雨を余計にひどく降らせた。
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