ヤマトの章 —5 前世の記憶に翻弄される
3つの記憶を同時に持つと言う事は中々困難な事だと思う。
間宮渚の記憶は普段は記憶の奥底に閉じ込めておくことが出来る。大分この身体にも慣れて来たお陰か、必要な時だけ記憶を取り出せるようになった。
でも僕を苦しめるのは前世の記憶。これは実際僕が過去において経験した事だから押し込めておくことなんて出来ない。
咲と過ごした楽しい記憶もあるけれど、やはり生々しい戦の記憶は封じ込めておけない。夢の中で度々僕は過去の記憶の悪夢にさいなまされる。
最近特に悪夢が増えて来たのは、やはりもうすぐ自分が消えてしまう恐怖からなのかもしれない・・・。
クリスマスも終わり、年が明けた。
僕と千尋は穏やかな時を過ごしている。千尋と過ごせる時間も残りわずかなのはもう分かっている。だって、自分の身体が消える時間がどんどん増えて来てるんだから。
今は消えるのは両手のみだけど、やがて徐々に他の部分も消えるのだろうと思うと頭がおかしくなりそうだった。だからなるべく考えないようにしている。
千尋ともっと色々な思い出を作りたい、その思いを胸に僕は最後は潔くこの世から消える。そう、心に決めた。
「ねえ、千尋。明日二人で一緒に出掛けない?」
今日が休みの最終日。だから僕は思い切って千尋を誘ってみた。
千尋は快く快諾してくれた。
そこで僕は千尋を連れて以前から行ってみたいと思っていた水族館へ誘ってみた。
そこは海のすぐそばにある水族館。きっと千尋も気に入ってくれるはずだ。
着いてみるとちょっとだけ驚いた。館内は若い男女のペアばかり。皆手を繋ぎあったり腕を組んで歩いてる。ここで僕たちが手を繋がないのは不自然かな?
「手・・繋ごうか?」
僕が尋ねると千尋は黙って頷いた。
手を差し出すと、千尋もおずおずと手を伸ばす。そこを指をからめとってしっかりと繋いだ。
千尋は驚いたように僕を見たけど、恥ずかしいのでわざと横を向く。
でも顔が赤くなってるのはばれてしまったみたいだ。
そんな僕を見て千尋はクスリと笑うと、僕のつないだ手をギュッと握りしめた。
驚いて千尋を見ると彼女は言った。
「行こうか?渚君。」
水族館・・・僕は初めて来たけど、間宮渚の記憶にも無かった。
そうか、彼は一度も水族館には来ていないのか。でもお陰で新鮮な気持ちで観る事が出来たけど。
水族館を出ると二人で海沿いのカフェでランチを取る事にした。
会話の中で高校生の時、千尋が男の人と付き合った事があると聞いてちょっと驚いてしまった。
え・・?千尋に彼氏がいた事があったんだ。一度も会った事が無いから分からなかったよ。その事実を知ってちょっとだけショック。
だからつい、言ってしまった。
「そっかー。残念だなあ。僕が千尋の初めてのデート相手じゃなくて。」
「デート・・・・?デート?!」
千尋は驚いて目を白黒させている。可愛いなあ。
でもいいんだ、千尋にはデートと思われてなくても、肝心なのは二人で何処かへ遊びに出掛けるって事なんだから。
食事が終わると千尋は海に行ってみたいと言い出した。
そう言えば、咲も海が大好きだった。子供の頃によく二人で貝殻を拾いに行ったしね。
だけど・・・二人で並んでシートに座って海を見ていると、僕は突然胸が苦しくなってきた。
波の音、潮風、海の匂い・・・それらが僕を襲って来る。
そうだ・・・・この記憶は僕が最後に海で死んだあの記憶。苦しくて息を吸おうとしても入ってくるのは海水。身体が鉛のように重くてちっとも動かない。
助けて、苦しい・・・。駄目だ、これは過去の記憶。今僕は海の中じゃない。陸の上だ。だけど・・・。
「ねえ、渚君。無理しないで、少しここで休んでいこうよ?」
渚の声で僕は現実に引き戻される。
千尋が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「嫌だ・・・。この場所から離れたい・・・。」
こんな場所にいつまでもいたら、僕はおかしくなりそうだった。
酷い頭痛と眩暈がする。
千尋は海から離れるまで僕を支えてくれた。ごめん、迷惑かけて。
たまたま近くにあったファストフード店に二人で入る事にした。
大分具合は良くなってきたけど、まだ酷い眩暈がする。
「ごめんね・・・千尋。折角二人で楽しもうと思ってたのに。」
僕は無理して笑顔で言ったけど千尋は心配そうに僕を見ている。
千尋が何か言いかけたけど、途中でやめてしまった。何を言いたかったのかな?
情けない男だと思われたかもしれない。
具合が悪い僕を気遣ってか、千尋は帰ろうと言い出した。
確かに、今日の僕は体調が悪くて限界かもしれない。明日から僕も千尋も仕事だから帰る事に決めた。
夜は二人で海鮮鍋を作った。
二人で台所に立つと何だか新婚夫婦みたいだ。自然と気持ちが弾んで鼻歌が出てしまった。
千尋もニコニコしている。良かった、今日僕のせいで千尋に気まずい思いをさせてしまったからね。
鍋をストーブにかけると、二人で交代でお風呂に入った。たまにはこういうのもありかもね。
お風呂から上がると二人で日本酒を飲みながら鍋料理を食べた。
千尋の用意した日本酒はすごく美味しくて、いつになく饒舌に日本酒について語っている。
「ははは・・・。千尋は本当にお酒が好きなんだね。でも明日から仕事なんだからあまりお酒飲み過ぎない方がいいよ?」
僕が言うと、千尋はこの先いつでも飲めるからと言ってくれた。その言葉はとても嬉しかったけど、僕の心に暗い影を落とす。
「この先いつでも・・・・か。」
小声で言ったつもりが千尋の耳にも届いていたらしい。千尋は僕の言葉を聞いて不安そうにしている。ごめん、こんな事本当は言うつもりじゃ無かったのに・・・。
僕が後片付けをしようとしたけど、何故か今夜の千尋は頑として譲らなかった。
「今日海で具合が悪くなったでしょう?私がやるから大丈夫だってば。」
そう言われてしまえば、僕は返す言葉も無い。だから厚意に甘えて僕は先に休ませてもらう事にした。
僕は夢を見ているのだろうか―。
咲が僕の目の前で弓矢で胸を射抜かれてしまった。
必死で咲に手を伸ばそうとする僕。咲も意識があるのか、矢が刺さったまま僕の方に手を伸ばして僕の名前を呼んだ。
「ヤ・・・ヤマト・・・私の事は構わず、に・逃げて・・・。」
咲は真っ青な顔で息も絶え絶えに僕の顔を見て言った。
嫌だ、咲を置いて逃げるなんて事出来るはず無い。
「咲ーっ!!」
僕は周囲にいる兵士達の事は目に入らなかった。ただ、咲の側に行って助けてあげなければ、それしか考えてなかった。
だから・・・僕に向けて弓矢を構えている姿なんか目に入らなかったんだ。
ヒュッ!次々と風を切る音が辺りに響く。
そして気が付くと僕は身体中に矢の刺さった勢いで海に向かって落ちている。
激しい水音と共に海に沈む。
暗くて冷たい海の中、身体は痺れて思うように動かず息が続かない。
嫌だ、助けて・・・。
苦しい、僕は咲を残してこのまま死んでしまうのだろうか―。
「渚君!」
気が付けば僕の眼前に千尋の顔があった。心配そうに僕を覗き込んでいる。
咲—?!
僕は彼女をきつく抱きしめた。
「嫌だ・・・海の中は・・息が出来なくて寒くて怖い・・。助けて・・・。」
身体の震えが止まらない。まるで夢と現実の境目にいるみたいだ。
「大丈夫、渚君・・。私が側に居るから、もう怖い思いさせないから・・。」
千尋のぬくもりが徐々に僕を現実へと引き戻す。
「本当に・・・?本当にもう大丈夫なの?」
それでもまだ僕の恐怖は拭えない。
「うん、大丈夫。私が渚君が眠るまで側にいるから。」
千尋の声は僕を安心させてくれる。どうか、今夜だけは僕が眠りに着くまでは側に・・・。
翌朝、目が覚めた時僕には昨夜の記憶が全て残っていた。
あんな子供みたいな振る舞いを千尋の前でしてしまうなんて。穴があったら入りたい。だから千尋に昨夜の事を覚えてるか聞かれたけど、何も覚えていないって思わず嘘をついてしまった。ごめんね、千尋。
やっぱりもっともっと千尋と楽しい思い出を残しておきたい。だから千尋にお願いをしてしまった。二人で色々な場所へ遊びに行きたいって。
千尋も頷いてくれた。断られなくて本当に良かったな。
その後、僕と千尋は約束通り二人が休みの日は色々な場所へと出掛けた。
動物園、映画、遊園地、ドライブ・・・僕が行きたかった全ての場所へ一緒に行った。
ねえ、千尋。僕の事、どう思ってくれている?好意を持ってくれてるのかな?
でもまだ拒絶されるのが怖くて僕には千尋の気持ちを尋ねる勇気が持てなかった。
この頃の僕は油断すると頻繁に身体が消えかける現象に悩まされていた。
病院に入院している間宮渚の身体は今、どうなっているのだろう?
かなり危険な行為かもしれないけど一度病院に行ってみようと僕は心に決めた。
千尋には家電を買いに行くと嘘を言って僕は間宮渚が入院している病院に向かった。
病院の案内図を見る。どこに入院しているかはすぐに把握出来た。
顔を見られるとまずいので、僕は持ってきたサングラスをかけ、マフラーで口元を隠した。
人目に付かないように彼が入院している病棟に入る事が出来た。
廊下に誰もいない事を確認すると僕は素早く502号室に入る。
そしてゆっくりとベッドに近づく・・・もし彼に近づいた瞬間目を覚ましたらどうしよう。恐怖で足が震える。
けれど・・・彼はまるで死んだように眠っている。
僕は一気に安堵した。でも良心が痛む。だって僕は言い換えてみれば彼の身体を乗っ取っているのだから。
だけど・・・・。僕は心の中で訴えた。
(お願いだ、まだ目覚めないで。もう少しだけ千尋の側にいさせて欲しいんだ。)
誰かがこちらに向かって歩いてくる。慌てて僕はロッカーの中に隠れてやり過ごそうとしたけど、それは杞憂に終わった。
あまり長居をするのは危険だと僕は判断し、すぐに病室を出た。脳裏には先程の光景が目に焼き付いて離れない。
改めて思った。僕は色々な人々を不幸にしている罪人なんだと—。
ぼんやりした頭で当てもなく繁華街を歩く僕は急に呼び止められた。
「あ!お前、渚じゃないか!一体今まで何処で何してたんだよ!!」
彼は—
僕は一気に現実へと引き戻された。
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