2-7 共有した1日

目覚まし時計が千尋の部屋で鳴っている。

「う~ん・・・。」

半分寝ぼけながら時計を止めて、ふと気が付いた。

洋服を着たまま昨夜は眠ってしまっていたらしい。

「やだ・・・私、服のまま眠っちゃったんだ。でもいつの間にベッドに入ったんだろう?」

渚と二人でワインを1瓶空けてしまった事までは覚えている。

「え~と、その後は・・・・?どうしたっけ?」

全く記憶が抜け落ちている。

「酔っぱらったまま自分で部屋に移動したのかな?」

とにかくお風呂に入らなくては、千尋は思った

化粧も何も落とさないで眠ってしまったのだからお風呂に入ってさっぱりしたい。

「渚君は起きてるのかな?」

着替えを持って廊下を歩いていると、台所から気配を感じる。

覗いて見ると、やはりそこには渚がいて朝食の準備をしていたところだった。


「おはよ・・・。渚君。」

千尋は遠慮がちに声をかけた。


「あ、おはよう千尋!昨夜はお風呂入らないで眠っちゃったでしょう?沸かしておいたからお風呂に入っておいでよ。その間に朝ご飯の準備をしておくから。」

笑顔で渚は言った。


「あ・ありがと・・・。何だか渚君にお世話されっぱなしで申し訳ないね。何かお礼しないとね。何がいいか考えておいて。」


「いやだな~。前から言ってるよね?僕が勝手にやってるだけなんだから、そんな事気にしないでよ。」


「でも、それじゃ私の気持ちが・・・。」


「う~ん。それじゃ何か考えておくね。」


「よろしくね?それじゃお風呂入ってくるね。」



「ふ~気持ちいい。朝からお風呂なんて贅沢してるみたい。」

千尋はお風呂の中で大きく伸びをした。

本当に渚と暮らし始めてからは世話になりっぱなしだ。

「渚君、何か考えておいてくれてるかな?」



お風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かしてから台所に行った。


「あ、千尋。丁度良かった、今朝ご飯の準備が終わったところだよ。」


今朝渚が用意した朝食は、トーストに目玉焼き、ベーコンにボイルしたウィンナーとサラダ。そしてトマトジュースである。

「トマトジュースはお酒を飲んだ翌日に飲むのに最適な飲み物なんだよ。食後は千尋のお気に入りのコーヒーを淹れるね。冷めないうちに食べよう?」


「ありがと、渚君。」


千尋がテーブルに着くと、渚も座った。

二人向かい合わせに座ると手を合わせた。


「「いただきます。」」


千尋は渚が用意した朝食を食べながら言った。

「ほんと、渚君の作った料理って見栄えもいいけど味も最高だよね。私も負けないように頑張らないと。明日から渚君も仕事が始まるでしょう?だから交代で家事をしようね?」


「別に、そんな事気にしなくていいのに。従来通り僕は料理と片付け担当、千尋は洗濯と掃除担当でいいよ。」


「でも・・・。」


「あ、やっぱり一度千尋の手料理食べてみたいな。今度是非作ってね。楽しみにしてるから。」


「じゃあ、それまでに料理の本見て研究しないとね。」



朝食を食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら渚が言った。

「ところで、千尋。さっきの話なんだけど・・・。」


「さっきの話?」


「うん、お礼の話。」


「あ、そう言えばそんな話したっけ。何?もう考えたの?」


「それなんだけど・・・ほら、明日から僕も仕事が始まるよね?そうなると二人揃っての休みが中々合わなくなると思うんだ。」


渚の言う事は最もである。二人ともサービス業なので定休日と言うのは無い。


「言われてみれば、そうだよね。特に渚君は明日から仕事始まるからシフトを自由に組むのも難しいかも。」


「うん、だから・・・さ。」


「何?どうしたの?」


「今日、二人で一緒に何処かに出掛けてみたいかな・・なんて。」

渚は照れ臭そうに言った。


「そうだね、特に何も予定無いから一緒に出掛けようか?」


「本当?今日1日僕に付き合ってくれるの?やった!言ってみるものだね。」


渚は大袈裟なほど喜んでいる。正直、そこまで喜ばれると何だか千尋は照れ臭い気持ちになってしまう。

(まさか、そこまで喜ぶなんてね。)


「でも・・・出かけるって言っても何処へ行こうか?」


「それなら大丈夫!実はね、ずっと前から千尋と一緒にやってみたい事を色々考えてたんだ。え~と、例えば公園に行ってボートに乗ったり、手作りのお弁当を持って、動物園や遊園地に行ってみたり、車をレンタルしてドライブに出掛けたり・・・。」

渚は指折り数えながら言っている。


「渚君・・・そんなに色々考えてたの?」

千尋は気圧されながら聞いていた。


「でもね、これはまた別の日のお出かけプランだから。今日は別。」


「?それじゃ何をするの?」


「千尋はお休みの日に出掛ける時はどんな事をするの?」


「う~ん・・・。特にこれといっては無いけど。でも友達と出かける時はウィンドウショッピングをしたり、お洒落なカフェに入ったり、本屋さんとか雑貨屋さんに行ってみたり、そんな感じ。」


「じゃあ、今日は僕とそれをやろう?」


「ええ?こんな単純なお出かけでいいの?大して面白くないけど?」


「僕はね、千尋が普段お休みの日に何をして過ごしているか知りたいし、共有したいんだ。」

渚は千尋を見て言った。


(あ、またこの目だ・・・。)

渚の目は熱を帯びたように千尋をじっと見つめている。この目で見つめられると千尋は何だか落ち着かない気持ちになる。

普段は男を感じさせないのに、この目をされると一人の男性として意識しそうになってしまう。


「それじゃ・・・渚君がそうしたいなら、それでいこうか?」


「うん、決定だね。」

先程の表情は消えて、普段通りの無邪気な笑顔で渚は言った。



目的の場所は千尋が住む駅の5つ先の駅だった。駅を出て歩きながら渚は訊いた。

「千尋はどこで買い物やカフェに行ったりするの?」


「ここはね、沢山のデパートがあるし、海外からやってきた話題のインテリアのお店や雑貨屋さんやカフェ、何でも揃ってるんだよ。」


「へえ~楽しみだな。」

今日の渚は紺色のスウェットの上にグレーのチェスターコートを羽織り、デニムスキニーをはいている。

外見もさることながら、モデル並みの体形もしているので道行く若い女性たちが振り返って渚を見ている。


(やっぱり、こうしてみると渚君て格好いいよね。私渚君とつり合い取れてるかな)

渚に見劣りしないように千尋も今日は頑張ってお洒落をしてみた。

普段は殆ど着ることの無いニットのチュニックワンピースにベージュのフードコートにショートブーツ。

仕事柄、普段からジーンズばかりはいているので久しぶりのスカートは足元が何だかスースーして落ち着かなかったが、この洋服を着た時に渚が良く似合ってると褒めてくれたので、ここは我慢だ。


歩きながら渚が言った。

「ねえねえ、今通り過ぎた二人組の男の人達が千尋の事ずっと見てたんだよ。やっぱり千尋が可愛いから、つい見ちゃうんだろうね~。」


「ええ?何言ってるの?からかわないでよ。気のせいだってば。」


「そうかな~千尋はすごく可愛いよ。だから僕が側についていないと、悪い男に声をかけられてしまうかもよ。だから・・・さ。手、繋がない?」

渚は照れ笑いをしながら千尋に手を差し出してきた。


「う・うん・・。別にいいよ?」


千尋が手を伸ばすと渚はそっと握った。

渚の手は大きく、千尋の小さな手はすっぽり覆われてしまう。


(うわあ。大きい手、やっぱり男の人なんだなあ。)

渚を見上げると、耳を赤く染めている。


「何だか・・・ちょと照れちゃうね。」

渚が顔を赤らめながら言うので千尋も何だか気恥ずかしくなってしまった。


「そ・そう?それじゃやめる?」


すると渚は千尋の手をギュっと握りしめて言った。

「やめたくない、こうしていたい。」


何だか子供みたいにむきになっているようにも見える。

千尋はそんな様子がおかしくて微笑んだ。



 それから二人は手を繋いで街を散策した。

本屋さんでは一緒に料理の本を探したり、未だにパジャマを持っていなかった渚の為にパジャマを選んだり、雑貨屋さんではお揃いのマグカップや食器を買ったりした。

 お昼は最近テレビや雑誌でも取り上げられているアジアンテイストなカフェで渚が選んだ店だった。

混雑時間を避けて行ったので、幸いにもすぐに店に入る事が出来た。

この店はカフェであるが、ランチメニューには和食を提供すると言う事で話題を呼んでいる。

 

「渚君、いつの間にこんなお店見つけたの?」


席に着くと早速千尋は尋ねた。


「実はさっき、本屋に行ったときにこのお店が雑誌で紹介されていたんよ。今日の朝ご飯はトーストだったからお昼は和食がいいかなと思ってこの店を選んだんだ。」


渚と千尋は二人で<本日のおすすめ>を選んだ。

木のお盆に乗せて運ばれてきたのは、玄米ご飯に豚汁、大根おろしの付いたホッケの焼き魚におひたしである。


「うわあ・・・美味しそう。玄米ご飯なんて素敵。」


「そうだね、この店に決めて良かったよ。」


味は文句なしに絶品だった。渚は特に豚汁が気に入ったようで、どんな具材が入っているのかメモした程である。


 食事を終えた後は、駅の構内にあるカフェに入り二人でコーヒーとケーキセットを食べ・・・・気が付くと時刻は夕方5時を過ぎていた。


「渚君、そろそろ帰ろうか?」

椅子から立ち上がって声をかけた。


「うん・・。そうだね。」


電車の中で、今夜のメニューは何にするか話し合った結果、家でパスタを作って食べる事に決めた。


「私が今夜は作るね。何味のパスタがいい?」


「僕は千尋が作ってくれるならどんな味だっていいよ。」


「それじゃ、クリームパスタにしようかな?材料買いたいから帰りに買い物して帰っていい?」


「勿論、いいよ。」


駅に着くと、二人はスーパーに入って買い物を済ませた。

家まで歩く傍ら、何故か渚は元気が無いように見える。


「どうしたの?渚君。何だか元気が無いように見えるけど。」


「うん・・・。楽しい時間てあっという間に過ぎて行ってしまうんだなと思うと少し寂しい気持ちになってね。」


「いつも一緒にいるのに?」


「だけど、いつまでも一緒にいられるとは限らないかもしれないし。」

渚は意味深な事を言った。


「え・・・・?それは一体どういう意味・・・?」

そんな千尋の言葉を遮るように渚は言った。


「千尋、またこんな風に僕と出かける時間を作ってくれる?」


「そんなの・・・いつだって作れるよ。渚君の為なら私・・・。」

そこまで言って千尋は言葉を切った。


「良かった、ありがとう千尋。」

渚は笑って言ったが、その笑顔は何処か泣いているようにも見えた。


(あ・・・またその笑顔・・。どうして時々悲しそうに笑うの・・?)

だが、千尋は何も尋ねなかった。聞いてはいけないような気がした。

代わりに言った。


「今夜の料理は楽しみにしていて?」









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