第34話 起死回生の一打
狙いもつけず周囲に弾丸をばらまく。
が、当たらない。私を囲んでいた獣たちは、あれだけいるにもかかわらず、みな素早い動きで射線から身をそらし全てをかわしていく。
マズイ。勝ち目など皆無だ。
どうにかして活路をみいださないと。
「その調子だよ、アンドレイ君。やはり人は死を身近に感じてのみ輝きを取り戻す」
男がこちらをあざ笑う。
チクショウ、馬鹿にしやがって。
しかし、なぜだ? 会話は成立していた。なぜサイコダイブできない。
「待て! 少し聞きたいことがある」
時間だ。どうにか時間を稼がないと。
「銃で開始の合図をしたのは君のほうだよアンドレイ君。いまさら待てとは虫が良すぎる話ではないかね?」
うるせえ。勝手にゲームを決めやがって。こっちゃあ一人で考える時間もねえんだ。どうせならチェスかモノポリーにしてくれりゃいいものを。
クソッ何かないか、何かヤツが興味を引きそうなもの……
「――ベン・カフスマンだ。やつがどこに行ったか知りたくないか?」
獣たちの動きが止まった。
見れば、白ずくめの男が左手をあげ制止している。ひとまず気を引けたようだ。
「ほう、面白い。やはりお前たちは繋がっていたか。話の中身によっては死に方を選ばせてやらんでもない」
死は決定事項かよ!
まあいい。こちとら時間を稼ぐのが目的だ。
「あいつの居場所は知っている」
体だけだがね、と心の中で付け加えると、ここに来るまでの道順をダラダラと話しながら、頭の中で逃走プランを練っていく。
獣が出てきた出入口に逃げ込む……だめだ。どうかんがえても相手のほうが早い。それに先ほどのように出入口そのものが消えるに違いない。
鉄格子からも同様だ。
ならばこの石膏野郎を殺すか人質にするのはどうだ?
――これもだめだ。一番マシに思える手だが、当然あいても警戒してるに違いない。じっさい獣の数匹は、男を守るような位置につけている。私の手は届かないだろう。
なにかないか? 相手の
視線はあまり動かさず、相手のスキを探っていく。
だが、男は当然として、獣どももこちらの動きに注意を払っている。スキなどない。包囲網にほころびなどあるはずもない。
チッ、こいつら本当に獣か?
男に従うだけじゃない。明らかに己自身で考え、行動している。
多少のイレギュラーなど指令を待つでもなく処理するだろう。
まるで訓練された人間だ。
さきほど倒した獣もそうだった。
思考もそうだが、なにより表情。単純な喜怒哀楽だけではなく、人間特有の――
……人間?
「続きはどうしたのかね?」
考えるあまり、つい言葉が止まっていたようだ。
だが、かまわない。一筋の光がみえてきた。
「ギブアンドテイクだ。先にこちらの質問に答えてもらおう。この黒い獣たちはなんだ? アンタの親衛隊か? ここに来るまでに一匹出会ったが、狂人狩りでもしてるのか?」
断るスキは与えない。おおよそ興味がありそうな出来事まで、ひと息で話しきる。
「なるほど、興味深い。コンタクトが取れなくなった者がひとりいたが、どこで会ったのかぜひ教えて――」
「なんだ、迷子か? 首輪でもし忘れたのか?」
質問はさせない。今、会話の主導権を渡すわけにはいかない。
「言うじゃないかアンドレイ君。彼らは街の治安をまもる大切な存在だよ。犬扱いはやめてもらおうか」
「犬扱いは気分を害するか? 元人間だから?」
男が眉をひそめた。当たったか?
しかし、ちと読み取りづらいな。この男、どうも表情がつくりもの臭い。
あえて感情を表にだしているような、そんなぎこちなさがある。
だが、かまうものか。いま重要なのは男ではなく獣のほうだ。
「いや、悪かった。謝罪させてもらう」
素直に頭を下げると、一つの個体に目をつけた。
もっとも男に近く、もっとも体が大きいヤツだ。
「おっと、さすがに喋るのは無理だよな。なら、こんなのはどうだ?」
かがみこんで床をコツンコツンと鳴らす。
「モールス信号だよ。今ので『こんにちは』だ。伝わってるなら返事をくれ。これぐらいなら返せるだろう?」
獣の目をみつめる。じっと、深く。
すると獣は、およそ動物らしからぬ憐れむような笑みを浮かべると、床をコツンコツンと鳴らした。
「ハハッ! ありがとよ!!」
サイコダイブが発動する。全身が熱をおび、脳細胞が活性化する。
あらたなシナプスがうまれ、獣の脳と結合していく。
成功だ。キサマの体はもう私のものだ!!
――――――
すぐ隣には白ずくめの男がいる。
彼の視線はとつじょ倒れこんだ私だったものに向いている。
ノラスコの体だ。もう二度と、己の意思で動くことのない体。
私は爪のついた巨大な手を動かすと、渾身の力で男の首を――はねた。
コロコロと転がる男の頭部。
続けて残った体に爪をふるう。
メキリ、メキリとニブイ音をたてて、男の体は壊れていく。
血などでない。
出てくるのは滑りをよくする潤滑油と、ちぎれたケーブルに金属片だ。
ロボットか。
どうりでサイコダイブが効かないワケだ。
最後に転がった男の頭部を踏み潰すと、周囲に目をむける。
なにが起こったのか状況を把握できないのであろう、こちらを見たまま立ち尽くす獣たちがいる。
さて、戦いになるか? できることなら勘弁してもらいたい。一人で相手をするには多すぎる。
逃げるべきだな。
もっとも手薄な場所を探るべく、ざっと見回した。
ふと獣の一匹と目が合った。
その瞳に映すのは敵意ではなく別の感情。
戸惑い、そして何かを求めるような眼差しだ。
――逃走の必要はない。
私はゆっくりうなずくと、格子扉の向こうを指し示した。入ってきた扉だ。
クルリと背中を向ける獣。それから駆けだすと扉の向こうへ消えていった。
そうだ。お前はもう自由だ。
縛るものなどなにもない。生きるも死ぬも己しだいだ。
ほかの獣も後へと続く。一匹、また一匹と扉をぬけて、闇の中へと消えていった。
誰もいなくなった空間で巨大な壁を見上げる。
無数にあった出入口はもうない。ロボットの機能停止とともに塞がったのだろう。
己の手を見つめる。
おそらく、もう入れない。壁の模様にこの手はあわない。
中心部への道は完全に途絶えた。
たとえ合う手を見つけ出せたとて、獣の口では乗り移るのは不可能にちかい。
しかし、そんなことはどうでもいい。
ロボットのおかげで大切なことに気がついたよ。
ベン・カフスマンだ。
やつはどうした? どうやってこの街から脱出しようとしていた?
なぜヤツの体があそこにあった? 街の中心部ではなくあの場所に。
そうだ、ヤツは見つけたんだ。
潜水艇ではない。この世界そのものから脱出する方法を。
目指すべきはこの先じゃあない。
すべてはあの場所。ヤツに乗り移ったあの場所に答えがある。
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