第22話 待ち合わせと急用

 コンビニの前に、二人の少女が立っていた。

 二人共、似たような服装をしているが、受ける印象は真反対と言ってもいいほど違った。


 江藤えとうは、黒いGパンに白いTシャツ、それに加え、ブレスレットやネックレスをジャラジャラと幾つも身に着けており、若干、ロッカーっぽい。

 方や岡崎おかざきは、グレーのチノパンに白いブラウス姿で、何だか可愛かわいらしい。


「お、来た来た。おーい、こう


 向こうもこちらの存在に気付いたようで、江藤が片手をげて振ってくる。


 俺はそれに片手を挙げてこたえると、ゆっくりと二人に近付いた。


「遅いぞ、孝」

「まだ五分前だろうが。おはよう、岡崎」


 前半は江藤に向かって強めな口調で、後半は岡崎に向かって優しい口調で言葉を発した。


「あ、うん。おはよう、城島君」


 俺達のり取りに少し気圧けおされたのか、岡崎が苦笑いを浮かべながら挨拶あいさつを返す。


「ごめんね、急に呼び出して」

「そんな――」

「可愛い由愛ゆめの呼び出しなら、いつでも応じるぜ」


 俺の言葉に、江藤が妙な声色で言葉を被せてくる。


「……」

みなとぉー」

「……すみません」


 俺と岡崎、両名から睨まれ、さすがに江藤も縮こまる。


「ところで、これからどこ行くんだ?」


 このまま放置しても面白かったが、折角の休みに無駄な時間をつかうのも馬鹿らしいので、話を先に進める事にした。


「学校の近くにお洒落しゃれな喫茶店があるみたいなの。今からそこ行こうかなって」


 気分を切り替えたのか、岡崎が笑顔でそう言う。


 ん? 学校近くの、お洒落な、喫茶店? なんか、その三つの検索ワードを入れた結果、俺の中で一件のお店がヒットしたんだが……。


「ちなみに、その店の名前って……」

「あぁ。味深みみだって。何だか、変わった名前だよね」


 あ、やっぱり……。


「ところで、城島きじま君、朝ご飯は?」


 例の店に向かいながら、岡崎がそんな事を聞いてくる。ちなみに、並びは、俺・岡崎・江藤という順だ。


「軽く取ってきちゃった。二人は?」

「私達は普通に」


 そう言って、岡崎が江藤に視線を送る。


「二人でね」


 言いながら、江藤が岡崎と肩を組む。


 岡崎は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにその顔に笑顔を浮かべた。


「へー。二人は何時から一緒にいるの?」


 朝食を二人で取ったとなると、かなり早い時間から一緒にいる事になる。それこそ、〝朝〟と呼ばれる時間帯から……。


「というか、今日は由愛の家に泊まり」

「あぁ……」


 江藤は、たまに岡崎の家に泊まっているらしい。この前のゴールデンウィークの時も、実はそうだったようだ。本当に仲がいい。


うらやましい?」


 そう言って、俺に向け、挑戦的な笑みを浮かべてみせる江藤。


「なんでだよ」

「だって、由愛と一緒にお風呂入って、一緒に寝て、起きたら由愛の寝顔がすぐ近くにあるんだよ」


 それは、確かに魅力的だが……。


「ちょっと、湊! 城島君に何言ってるの!」


 さすがに聞いていられなくなったのか、岡崎が江藤に詰め寄る。


「馬鹿だねー。こういう所から揺さぶりかけないと、ただでさえ、ライバルは強敵なんだから」

「ライバルって……」

「……」


 よく分からないが、これはあまり俺が聞いてはいけない話のような……。


 こういう場合、素知らぬ顔で聞いてない振りをするのがいいのか、それとも暗に自分の存在を主張した方がいいのか……正直、反応に困る。


 そんな俺の葛藤を余所に、二人の内緒話はそれから数分続くのだった。




「――いらっしゃいませ」


 店内に入ると、すぐに女性店員が俺達の元に寄ってきた。


「三名様ですか? 空いてるお席にどうそ」


 店員さんの向けた手の先には、空席がいくつも広がっている。埋まっている席は、全部で二つ。それぞれに一人ずつ、男性と女性が座っていた。


 奥に進み、適当な席に腰を下ろす。


 幸いな事に、御堂みどうさん(あおいさんの方)の姿は、店内になかった。何が幸いなのかは、自分でもよく分からないが。


「あまり混んでないのね」


 俺の正面に座りながら、江藤が辺りを見渡し、言う。


「穴場らしいから」


 俺の斜め左に腰を下ろした岡崎が、同じく、辺りを見渡しながら言う。


 穴場。そう。このお店は、あまり人に知られていない穴場のはず。なのに、どうして?


「そう言えば、二人はどうやってこの店の事、知ったんだ?」

「姉貴から聞いたの。姉貴、こういう店見つけるの、得意でさ」

「姉貴? ってか、江藤、お姉さんいたんだ?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 二つ年上、今は女子大生ってね」

「へー」


 知らなかった。


 先程の店員さんがやってきて、俺達の前に水とおしぼりを並べていく。俺と江藤はホットコーヒーを、岡崎はミルクティーをそれぞれ注文した。


「落ち着いた感じの、いいお店だね」

「でしょ?」


 別に、自分の事を言われたわけでも、ここが行き着けの店というわけでもないのに、なんだかほこらしいようなうれしいような、不思議な気持ちになる。


 程なくして、飲み物が届く。


 それぞれの前に飲み物を置くと、店員さんは一礼をし、席から離れていった。


 まずは、みんなで一口。


 うん。相変わらず、この店のコーヒーは美味うまい。


「何これ。美味おいしい」


 カップから口を離し、つぶやくように江藤が感想を口にすれば、


「ホント、すごい」


 岡崎も驚いたように味の感想を告げる。


「だろ?」

「なんで、アンタが自慢げなのよ」

「え? なんでだろ?」


 江藤に指摘され、理由を考えるが、適当な物は思い浮かばなかった。


 本当に、なんでだろう?


「孝ってば、もしかして、この店来るの、初めてじゃない?」


 そう言って、江藤が疑わしげな視線を俺に向けてくる。


「え? なんで?」

「だって、席に座る時の感じとか、立ち振る舞いが、なんか初めてっぽくないもん」


 ま、別に隠すような事じゃないし、いいか。


「実は、二度目なんだ。ここ来るの」

「やっぱり。誰と来たの?」

「へ?」

「〝へ?〟じゃないわよ。孝がこんなとこ、一人で来るわけないでしょ?」


 確かに。言われてみれば、そうかも。


「生徒会の人に連れてきてもらったんだ」

「生徒会って事は、姫城ひめしろ先輩もその中に?」

「あ、うん。いたよ。後は岸本きしもと先輩な」


 俺の話を聞き、江藤が何やら岡崎に耳打ちをする。それを聞いた岡崎は、驚いたような顔で江藤を見て、そのまま二人は内緒話に移行した。


 なんだって言うんだ、一体。


 店内に入って三十分ほど時間が経つと、店の雰囲気にもすっかり慣れ、三人共、いい具合にダレてきた。


「そう言えば、由愛。部活入らないの?」

「うーん。特に入りたい所ないし。そういう湊だって、入ってないじゃない」

「まぁね。孝は……無理か」

「別に、入っちゃいけないわけじゃないらしいけどな」

「けど、部活に参加する時間なんてないでしょ?」

「割とゆるい文科系とかなら、生徒会終わってから参加してもOKだろう」

「あー。なるほどー」


 ふいに岡崎が立ち上がり、


「ちょっとごめんね」


 席を立つ。


 俺にもデリカシーというものがあるので、さすがに〝どうした?〟とは尋ねなかった。


 それから少しして、テーブルの上に置いてあった江藤のスマホが震える。


「あ、ラインだ」


 スマホを手に取り、江藤が呟く。


 そして、俺に向かって手を合わす。


「ごめん。急用」

「あ、そうなん。じゃあ、岡崎が戻ってきたら――」

「いや、ホント、今すぐだから」


 言うが早いか、江藤は財布から五百円玉を取り出すと、それをテーブルの上に置き、


「じゃあ」


 止める間もなくこの場から立ち去った。


「は?」


 急な展開に頭が付いて行かず、思わず、その光景を何もせず見送る。


 何なんだ、今のは……。


「あれ? 湊は?」


 戻ってきた岡崎の声で、我に返る。


「なんか、急用とかで、今さっき、帰っちゃった」

「あ。そうなんだ……」


 ん? 反応が……。


「じゃあ、私達もそろそろ出ようか」

「あぁ……」


 会計を済まし、店外に出る。


 喫茶店に行くという当初の目的は達したわけだし、このまま別れてもいいのだが……。


「あの、城島君。この後、ひま?」

「暇だけど?」


 というか、今日一日、特に予定はない。いや、予定がないのは、何も今日に限った事じゃないが……。


「だったら、ちょっと付き合ってくれない?」

「……はい?」

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