第10話 OGと料理
二人の先輩に連れられ訪れたそのお店は、学校から歩いて十分程の場所にあった。
喫茶〝
味が深いと書いて〝みみ〟と読むらしい。変わった店名だ。
店の外観は年月を感じさせる趣のある造りで、ヨーロッパ風というかアンティーク調というか、とにかくそんな感じだった。
「いらっしゃいませ」
女性のはつらつとした明るい声が、俺達を出迎える。
長い髪を後ろで一つに縛った、女子大生風の女性だった。
岸本先輩と
三人掛けのソファーに二人の先輩が並んで座ったので、俺もテーブルを挟んだ、その向かい側にある同じく三人掛けのソファーに一人で腰を下ろした。
程なくして、人数分の水とお
「ご注文はお決まりですか?」
水とお絞りをそれぞれの前に並べ、店員がそう尋ねてきた。
二人の先輩はミルクティーを、俺はコーヒーを注文する。この店の特色がよく分からないので、とりあえずいつも他の店で頼んでいる物をチョイスしてみた。
「では、ごゆっくり」
一礼し、店員が去って行く。
現在、店内に俺達以外の客は一名しかおらず、店員も二人しかいない。注文を取りに来た女性と、カウンターでコップを磨く中年の男性だ。
「まずは、二日間お疲れ様。どうだ、生徒会の仕事は?」
「まだ分からない、というのが正直な感想です」
「そうか。まぁ、正式に君が生徒会の役員として認証されるのは、ゴールデンウィーク明けだから、それまでに徐々に感じを
「
だといいんだが。
数分後、注文した品を手に、店員がやってくる。
「ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか?」
そして、飲み物をそれぞれの前に置くと、そう
「はい」
女性の問いに、姫城先輩が答える。
「それにしても、珍しいな。お前達が、
「へ?」
「彼は城島
「どうも」
姫城先輩に紹介され、女性に頭を下げる。
「共学一年目から男子を生徒会に入れるなんて、静香も意外と思い切った事をするな」
「いえ、これは学校側から正式に打診があった事で、別に私の意見というわけでは……」
「学校側から? それこそ、思い切った話だな」
「共学一年目だから、らしいですよ。内外に、共学した事をアピールしたいようです、学校としては」
「ふーん」
皮肉混じりの岸本先輩の説明に、女性は微妙な表情をその顔に浮かべた。
話を聞いている限り、この人も
「あぁ。すまない。この人は、
俺の内心に気付いたのか、岸本先輩が女性――御堂さんを俺に紹介してくる。
「ちなみに、静香は一年の終わりには生徒会長をしていたから、学年で言えば葵さんは私達の二つ先輩、という事になる」
「どうもー」
「よろしくお願いします」
笑顔でこちらに手を振る御堂さんに、再び
「で、カウンターにいるのが、葵さんのお父様で、
岸本先輩の紹介に合わせ、俺が振り向くと、悟さんがこちらに軽く頭を下げてくれた。
俺もそれに応じる。
「今回、生徒会に入るのは彼一人?」
「はい。今後の事を考えると、もう一人は最低でも入れておきたかったんですが」
「まぁ、数だけ
「え? あの」
御堂さんに、すぐ目と鼻の先まで顔を近付けられ、うろたえる。
「生徒会役員の中じゃ、誰が好みだ?」
「はい?」
今まで話していた内容と全く違う内容の質問だったため、意味を理解するのに少し時間が必要だった。
「君も男の子だ。
「……」
助けを求めて二人の先輩を見るも、岸本先輩は呆れた様子でミルクティをすすり、助けてくれる気はなさそうだった。ならばと、姫城先輩に視線を絞る。
「あのー、城島君も困ってますし、そういう質問は……」
俺の願いが通じたのか、姫城先輩が助け舟を出してくれる。
「なるほど。
「……へ?」
突然、自分に矛先が向き、姫城先輩が固まる。
「いやいや、意外だな。静香はもっと年上で、包容力のあるのがタイプだと思ってたんだがな」
「それはとんだ見込み違いですね」
さすがに見
「ほー」
「静香は、パッと見は守ってあげたくなる弟のような存在だけど、いざとなったら男らしい人がタイプなんです。そういう意味では――」
「あー」
声を
言いように言われ、とうとう我慢が限界を迎えたらしい。
「ふーん。これは楽しくなりそうだ」
意味深な笑みを浮かべ、去って行く御堂さん。
御堂葵。前生徒会長か。……何だか、不思議な人だ。
その様子を横目に見つつ、俺は色々あってまだ手を付けていなかったコーヒーを口に運ぶ。
程良い苦味と
「ん?」
視線を感じ、そちらを向くと、姫城先輩が俺を見ていた。
「何か?」
「いえ、城島君は、コーヒーに何も入れないんだなって思って」
「静香は、ブラックが飲めないんだ」
「ちょっと、
自分の秘密をバラした友人を責める姫城先輩だったが、当の本人は素知らぬ顔だ。
「そうなんですか?」
「えぇ……」
俺の言葉に頷きながら、姫城先輩は恥ずかしそうに顔を
「好みは人それぞれですから」
などと、一応、フォローを入れてみる。
「けど、ブラックでコーヒーが飲めないなんて、なんか子供っぽくないですか?」
「あぁ……」
まぁ、確かに、そういう印象は受けるかもな。
「やっぱり」
「でも、女性のそういうとこって、なんだか
「可愛い、ですか?」
姫城先輩が、意外そうな表情で俺を見る。
「少なくとも、俺はそう思います」
「そうですか……」
再び恥ずかしそうに俯く姫城先輩。
それを見て、何だかこちらも恥ずかしいような気分になってくる。
「んっ! 二人共、私を忘れてないか?」
その沈黙を破ったのは、岸本先輩の
「え? そんな事は……」
「ねぇ?」
俺と姫城先輩の反応は明らかに不自然で、暗に岸本先輩の言葉を肯定しているようなものだった。
「そ、そういえば、城島君の家に門限ってあります?」
話題転換を図ろうとしたのだろう、姫城先輩が唐突にそんな事を聞いてくる。
「ウチは、決まった門限は特にありませんけど、晩飯作らないといけないんで、早めに帰るようにはしてますね」
「晩御飯、城島君が作ってるんですか?」
姫城先輩が驚いた顔で、そう尋ねてくる。
「はい。親父の帰りは遅いですし、毎日、出来合いの物じゃ、栄養片寄そうですから」
「あ……」
姫城先輩が一瞬言葉を詰まらせ、岸本先輩も渋い顔をした。
どうやら、気を
「すみません、私……」
「そんな。気にしないで下さい。母が亡くなったのは、俺が物心つく前で、親父との二人暮らしが俺の日常ですから」
母の顔を思い出そうにも、俺の頭に浮かぶのは写真の中の母だけで、肉眼で見たものはぼやけてはっきりとしない。
「お二人の家には、門限あるんですか?」
重たくなった空気を換えようと、こちらから話を振ってみる。
「私の家は九時、静香の家は八時になってる。とはいえ、余程の事がない限り、晩御飯前には帰るがな」
となると、やはり、俺の帰宅予定時間が三人の中では一番早いのか。
「城島君の家は、学校からだとどのくらい掛かるんですか?」
「二十分くらいです。ゆっくり歩いてそれぐらいなんで、走れば十分強で着きますけど」
現在の時刻は、五時三十分過ぎ。まだ少し時間的に余裕がある。
「晩御飯は、いつ頃から城島君が作り始めたんですか?」
「中学に入ってからです。元々、親父の飯は
自ら率先してというよりは、仕方なくという感じだ。
「でも、いいですね。台所に立つ男性って」
「なら、そういう旦那を貰えばいい。ほら、目の前に打ってつけの男性が……すまない。冗談だ」
姫城先輩の顔があまりに赤くなったため、岸本先輩が途中でからかい目的の
男性に免疫がないというのは、どうやら本当らしい。
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