(8)
『新村麻衣ちゃん? と、がっくんが揉めてるんだっけ? がっくんも女の子と揉めるのが好きだねぇ、男の子とはそんなことないのに』
「好きで揉めてるわけじゃないし! あとなんかお前に言われるとちょっとムカつくからやめろよ! 真琴さんになに聞いたか知らないけど、僕は真剣に悩んでんの! 冷やかすつもりなら他を当たってくれよ」
電話の相手である安久美乃梨は、岳にとってのトラウマそのものだった。
そんな彼女には、先日、真琴の計らいもあって、謝罪の言葉を述べられたばかり。
中学校時代の自分への酷い仕打ちを完全に許したわけではないが、蒸し返すつもりも彼にはなかった。
その為、彼女を突き放すような態度を示したくなかったのだが、彼女に構っている余裕も今の彼には存在し得なかった。
真琴は自分をからかう為に、彼女に電話するよう求めたのだろうと、彼はため息を吐く。
いっその事、電話を切ってしまおうかと思い立った時、彼女は話し出す。
『別に、がっくんをいじめてちょーだい、ってまことちゃんに頼まれたわけじゃないんだよー? 新村さんについて知ってることがあったら、がっくんに教えてあげて、って言われたから電話しただけなのにー』
「でも、何も知らないでしょ? 同じ高校でも、同じ中学校だったわけでもないんだしさ。それとも、塾が一緒だったとか?」
『塾は一緒じゃなかったけどー。みのりは知ってるよ? だって、みのりと麻衣ちゃんは小学校がおんなじだからさ』
そんなはずないだろうと、彼女の発言を聞き流そうとしたところで、岳はその話があり得ない事もないと気がつく。
何故なら、二人の通っていた中学校は同じだったが、小学校は異なるからだ。
それは、小学校と中学校の校区が異なっている事に起因している。
岳の通っていた小学校でも、受験する者を除けば、二つの中学校に別れて入学する事になっていた。
つまり、安久と新村の通っていた小学校は、河川で隔てられた二つの中学校に別れて入学するようになっていたのだ。
「ホントに、知ってるの……?」
『こんなことで嘘ついてもしょうがないでしょー? で、麻衣ちゃんのこと教えてほしい? まあ、みのりも麻衣ちゃんとは委員会が一緒になったくらいだから、何もかもは知らないけどね』
「全然! なんでもいいから教えてほしい」
岳としては喉から手が出るほど欲しい情報なので、食い気味に頷いてみせる。
同時に彼は、安久に相談を持ち掛け、自分に電話させた真琴の行動を感心する。
しかもそれを放課後、岳と別れてからの短い時間でやっていたのだから、凄い以外の言葉が出てこない。
――真琴さんは、一体どこまで見えてるの……?
彼女がどんな思考で、今の話を安久に持ち掛ける至ったのかは定かではない。
そんな彼女の機転に、岳は恐怖さえ覚えていた。
そして、彼が安久から聞かされたのは、新村の同級生が亡くなったという話だった。
安久が小学校六年生の時、一つ下の学年が体育の授業でサッカーを行っていた際、男子生徒が一人、頭部を強打して、救急車で運ばれた。
いつも委員会で一緒だった彼女がその日以降、魂の抜けた感じになって、心配なまま安久は小学校を卒業した。
その亡くなった男の子が新村の幼馴染で、いなくなってから好きだと彼女が気づいた人物であると、岳もすぐに理解する。
安久が知っていたのはそれだけで、新村が何故、死んだ岳と付き合いたいと思っているのかどうかまで、突き止めるには至らなかった。
ただ、彼女の歪んだ恋愛観は、少なからず彼の死と関係してるのは明白だった。
幼馴染だった彼を不慮の事故で亡くし、彼女は何を思ったのか。
岳は考え過ぎて、電話越しにいる安久に構わず、黙り込んでしまう。
『がっくん? もしかして、みのりをおいてけぼりにして、考えこんじゃってるのかなー? 麻衣ちゃんのこと、どうするかの答えは出た? 早くしないと期限が決められてるんでしょう?』
真琴に聞かされたのか、安久は、新村と岳とのいざこざの内容をほとんど知っているようだった。
かつて自分を悩ませてきた彼女に問われるのは、岳も癪に障ったが、解決方法はどうにかして絞り出さないといけない。
「どうすれば良いと思う?」
猫の手も借りたいような状況で、岳は逆に尋ねかけてみた。
安久も、「うーん」と唸りながら考えた後、口を開く。
『体育の授業中に亡くなったってことは、彼が亡くなった時に麻衣ちゃんもその場にいたってことだよね? そこから、死んだ人と付き合いたいって考えちゃうのはとてもぶっとんでるね。全然、そんな感じの子には見えなかったんだけどなー』
新村も安久には言われたくないだろう、という罵倒の言葉は飲み込みつつ、補足するように呟く。
「新村さんは、彼とは幼馴染で、亡くなってから彼のことが好きだって気がついたみたいだよ」
『ふーん。それってさ、彼が好きだっていう気持ちを、彼の死んだ姿が好きっていう風に勘違いしたんじゃないの?』
安久のその推測に、そう考えてしまってもおかしくはないと納得する。
むしろ、それ以外に思いつかないくらいに的を得ている考えだ、と岳は思った。
「そのままずっと、彼のことを思い続けるだけじゃダメだったのかな……?」
『がっくんさあ。それってとっても苦しいと思わない? 好きな人が自分の傍にもういないって、そんなの普通耐えられないと思うよ?』
「耐えられないからって僕は……」
「殺されかけてるの?」という言葉は心の中だけで呟いた。
岳は、新村の気持ちが分からない訳ではないが、もやもやとした何かが彼の中で引っかかっている。
それは、彼女の耐えられなかった苦しみによって、関係のない自分が無理やり付き合わされているからなのだろうか。
――関係のない、か……
そこが引っかかっている部分だと気が付いて、岳は考えを巡らせる。
関係ないと言えば、嘘になってしまう。
真琴と木下の会話を聞かなければ、彼女が自らの苦しみを自分に向ける事は無かったかもしれない。
それ以前に、変な契約の下、真琴と自分が付き合わなければ、新村が死んだ人と付き合うという話を持ち出す事もなかっただろう、と岳は思った。
一応の決心がついて、岳は話を聞かせてくれた安久に感謝を伝える。
「新村さんのこと、教えてくれてありがとう。あとはまあ、なんとかしてみるよ」
『がんばってねー。がっくんならきっと、いい解決方法が見つけられるよ』
励ましの言葉を頂いて、そこで電話が切られるかと思ったが、少しの無言の時間があって、彼女は尋ねる。
『がっくん、一つだけいいかな?』
「いいけど……?」
何を聞かれるのかと少しだけ身構えながら、岳はそう返事をした。
彼女も息を吸って、新しい空気を体に取り込んでからその言葉を口にする。
『――がっくんはさ。そうやって、誰かに振り回されて生きてる方が幸せなのかもね』
何の反論も受け付けないようにか、そう言った瞬間に、彼女は通話を切った。
自分を振り回した張本人にそんな事を言われたものだから、岳は、怒りまでは湧いてはこなかったものの茫然とする。
「なんだよそれ……」
彼は困惑しながらも、彼女は自分を振り回していた側なのでそう見えているだけだろう、と深く考える事はやめた。
それでも、今日の真琴との会話の中で感じた自分のおかしな変化も相まって、彼にはもう自分自身がどこに向かっているのすら掴み切れずにいた。
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