休日、僕は彼に相談する。

 土曜日。

 岳は、ラーメン屋の前で真琴と別れた。

 感謝の気持ちを口頭で、彼女に伝えはしたが、それだけでは足りないと思い、彼女にお礼のメッセージを送った。

 彼が帰宅してから寝るまでの間に、彼女がそのメッセージを確認した事は分かった。

 だが、来るものと思っていた、彼女からの返事は来なかった。


 日曜日。

 日付が変わっても、彼女からの応答はない。

 午前中はダラダラと過ごした岳は、午後からは田辺とゲームをする事になった。

 と言っても、元々、土曜日に予定していたものが、今日にずれ込んだだけの話だった。


 二人がやっているゲームは、バトルロイヤルというジャンルで、数十部隊の中から一部隊になるまで戦うものだ。

 三人一組で一部隊なので、岳と田辺と、もう一人は知らない誰かで、部隊を組んでいる。


 そんなゲームを楽しむ中で、岳は田辺に、昨日の出来事を色々と話した。

 その話には彼女からの返事が来ないという事も含まれていたのだが、岳の中にある不安を他所に、田辺はゲームに集中していた。


「ねえ、ちゃんと聞いてくれてる? 真琴さんからの返信がないんだけど……なんか気にさわったのかな?」

「んなもんしらねーよ! 『ねえ、ちゃんと聞いてくれてる?』って、ゲーム中にかまってほしい彼女かよ、おめーはよぉ! 月曜日に、『真琴さん』に直接、聞きゃあいいだろー!? てか、ゲームに集中しろっつってんの!」


 大げさな岳の物真似を交えながら、声を荒げる田辺だったが、ゲームの方では、至って冷静な動きを見せている。

 岳も同じように、昨日の事を話し続けてはいるが、ゲームのプレイは問題なく、家の中に落ちているアイテムを淡々と漁っている。

 なので、田辺には注意されたものの、話す事はやめない。


「真琴さんなら、なにかしらの反応はしてくれそうなんだけど……一言だけとか、スタンプだけでも……なにかまずいことでも伝えちゃったのかな……?」

「知らないっつってんでしょーが! なんか変な顔文字か、絵文字でも付けて送っちゃったんじゃねーの? こーんなやつ」


 そう言いながら、ゲーム内で屈伸してみせる田辺。

 それを見ても、彼の言う絵文字がどんなものなのか、岳には見当もつかなかった。

 顔文字も絵文字も、どちらも付けていない普通の文章を送ったはずで、逆に、それを付けなかったせいで返信が無い、と言われれば、岳はそのまま受け入れるしかない。


 色んな可能性を考えている最中であったが、ゲームではそこまで油断しているつもりはなかった。

 家を出て、周りに目を配ったその瞬間に、目の前で、敵と鉢合わせしてしまう。


「あっ」


 突然、声を上げる岳と、それに反応して動き始める田辺だったが、、ゲーム内での彼ら二人の状況は最悪だった。

 敵と遭遇した段階で、二対一と人数有利を相手にとられてしまっていた。且つ、敵は岳たちの存在に気付いていたようで、逃げる間もなく、二人に狙い撃ちされてしまった。

 岳は、地面に這いつくばるだけの存在になり、三対二の状況。

 人数差と連携のとれた敵の動きによって、一人と田辺は倒され、結果として部隊は全滅してしまう。


 普通は敵が近くまでくれば、足音でその存在を認知できるはずだが、敵の慎重な動きか、それとも、岳の話のせいか、全く聞こえなかった。

 どちらにしても、かなり連携の上手い相手だったので、気づけていたとしても、結果は変わらなかったと、岳は推測する。


「今のはムリだったよね……?」


 確認するように、田辺に尋ねる岳だったが、田辺の方は、惚気話を聞かされた挙句に、岳から倒されて負けたので、少し懲らしめてやろうと口を開く。


「いーや! お前が笠嶋のことで、ぼーっとしてたから、負けたね! うん! ぜってーそう!」

「もー……わかったよ。はいはい。僕のせいで負けちゃったよ」


 いじけた様子の岳に、この雰囲気ではゲームを続けられそうにないと、田辺は思い、謝りながら話しかける。


「ごめんて。正直、あれは仕方なかったよ……次いく前に、ちょっと聞いときたいんだけど、昨日安久と会って、謝られたとか言ってなかったか? なんかよくわからんが、なんもされなかったのか?」

「全然、ただ謝られただけ……真琴さんが安久と予め、連絡とりあってたらしくて。それで、真琴さんがオープンキャンパスに呼んでた? みたいで?」

「なんで、疑問形?」


 木下も安久を利用しようとしていた事を思い出して、反射的に疑問符が付いてしまった。

 話が拗れる気しかしないので、木下の事を田辺には話すつもりがない岳は、適当に話を切り替える。


「まあ、それは置いといてさ。やっぱり、今の彼氏が元カノと会うって、彼女からしたら、いい気分しないよね……? それが原因で、返信が来ないのかも……?」

「いや、気分いいもなにも、あっちが呼んだんだから、ガクが気にすることじゃねえだろ? それに、浴衣着て、花火まで一緒に見てくれたことが、いい感じに進んでるって証拠だぞ。返信の一つくらい、どーでもいいことだって」


 彼の言葉にさらに大きなため息を吐いた岳。

 一日、彼女と一緒に過ごして、気を遣ってくれている事は分かった。

 だからと言って、彼女との関係が良い感じに進んでいるとは思えない。

 それを打開する策を探っているのだが、自分一人だけでは、上手い具合に見つからない。


「いい感じでもないんだよ……なんていうのかな……真琴さんって男性にトラウマがあるみたいで……そのせいで、距離を感じるというか……」

「あー、あいつ男嫌いだもんなー。でも、そのトラウマって、ガクがどうこうして解決できるような問題なのか?」

「だから、悩んでるんだよー……なんか知恵くれよー」


 詳細は話す事なく、何かしらの良い案が田辺から出てこないかと期待する。

 「うーん」と考えている田辺の様子が、イヤホン越しに岳に伝わってきた。


「知恵って言っても、俺は詳しく知らんしなぁ……詳しく知ってるやつに聞くのが一番じゃね? 笠嶋と同じ中学だったやつとか。あー、あと、笠嶋の妹が一年にいるって前も言わなかったっけ? 姉妹きょうだいなんだし、なんか知ってはいるだろうし、聞いてみれば?」


 確かに前にも同じような事を言っていたような気もすると、振り返る岳。

 同時に、彼の中で何かが引っかかった。

 

 ――同じ高校の一年の……真琴さんの妹……


 その正体にあと少しで気づきそうになった時、田辺の発言によって、それが遮られてしまう。


「次行こうぜ次。あとちょっと、話しときたいんだけどさ。このゲームすげーうまい、イースポーツ部のやつがいてな? うますぎて、『緑のクリーチャー』なんて呼ばれてるらしいんだけど、今度、そいつ誘って一緒にやってみようぜ。キャリーしてもらおう」


 正体に届かなかった岳は、もやもやの状態で、田辺の話も聞き流していた。

 ゲームが開始されると、飛行機から、地上に飛び降りる姿が映し出される。


 ――Taking Off……


 それを見ながら、心中で呟く岳は、その姿を自分と真琴に当てはめていた。

 落ちていく先は、地獄か、それとも――――――――。

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