第49話 憎しみで染まらないように、異世界へ
「いやー、今のファイアボールはちょっと焦ったぜ。
いいことを教えてやるよ。俺のこの胸当てはある魔法がかけられてあってな、そんな魔法は打ち消しちまうんだよ。だから無駄だぜ?」
意地の悪い笑みを浮かべながらそう教えてくる。
(教えてくるってことは、それだけ余裕ってことかよ……)
蓮人は奥歯を食いしばりもう一度斬り掛かる。
「グルァァァァァァ」
ポチはそんな雄叫びをあげながら、鋭い爪の一撃を細いレイピアと男に食らわせようと飛びかかる。しかし、その攻撃は紙一重で避けられてしまい、当たらない。
男はすれ違う間際にダメ元でレイピアの突きを食らわせてくるが、そんな突きではポチの強靭な毛や皮膚を貫通出来るわけはなく、お互いダメージを受けることは無かった。
しかし、そこでポチの着地点を狙ってデブで双子からファイアボールが放たれる。
辛うじて着弾よりも早くポチは着地出来たためそのままジャンプして避けようとするのだが、さすがにそこまでの時間はなく直撃は避けられたのだが爆風に煽られてしまい、体勢を崩され地面に落下する。
辛うじて受け身は取れたのだが、その隙を見逃してくれる訳もなく、レイピアの男がまた突きを放とうと踏み込んでくる。
ポチは咆哮と共に自分に向かってくるレイピアの突きが刺さる前に、ハエたたきの要領で前足で叩きその向きを無理矢理変える。
男はそんな回避を取られると予想していなかったのか、そのまま前のめりに崩れ落ちていく。
敵の魔法使い2人が魔法を放とうとしても、ポチとの距離的に男に当たる可能性が高く、魔法を放つことが出来ない。
ポチにとって大チャンスだ。今までで1番の力を前足に込めて、背後から叩きつける。
「ぐふっ」
男はそんな声にならない声を上げて地面に叩き伏せられ、その勢いでレイピアを落とした。
ポチはトドメの一撃とばかりに男を押さえている足とは逆側の足を持ち上げる。しかし、後は振り下ろすだけという所で小さな光の玉がポチの目の前に放たれ、爆発したことで辺り一帯に眩い光が発生しポチはそれに目をやられてしまった。
そのせいで男を押さえていた力が緩まってしまった。男はその隙をついて跳ね起き、ポチのガラ空きの胴を殴りつける。
ポチは細い鳴き声を上げて殴り飛ばされてしまった。さらに追い打ちとばかりに魔法使い2人はファイアボールをポチに向かって発射する。
魔力によって作られるファイアボールは、自然に起こされる火と違って簡単には燃え移らず、かなりの魔力を詰め込まなければ対象を燃やすことは出来ない。そのため、ポチに衝突したファイアボールにはたいした魔力は込められていなかったのかポチの毛に燃え移ることは無かった。とはいっても、かなりの熱を持った火球が勢いよく飛んできたのだ。ぶつかった所のダメージは相当なものになる。
ポチはそのまま地面に落下する。追撃を警戒して、すぐさま立ち上がり後ろへ大きくジャンプしようとするのだが、食らったダメージが大き過ぎたのか、脇腹が痛み跳ぶことが出来ずその場に崩れ落ちてしまった。
「手間取らせんじゃねえよ。このケモノ風情がよぉ」
ガリガリの男は脇腹をさすりながらレイピアを拾い上げ、ポチに近づいてくる。
「僕達の魔法がこんなに効かないなんて思わなかったよ。ね?」
「そうだよね」
デブで双子の魔法使い2人も杖を下ろしてポチに近づいてくる。そんな3人に、ポチは低い声でうなっている。
「おお、怖い怖い。うるせえんだよ!」
ガリガリの男はそう言ってポチの横腹をもう一度蹴り飛ばす。その勢いはとんでもなく、地面に這いつくばっていたポチが2メートル程も吹き飛んでしまった。
「そろそろこいつ眠らせて捕まえるとしようぜ。薬くれや」
ガリガリの男は双子の魔法使いからフラスコのようなものに入った液体を受け取り、蓋を取ってポチの口に近づける。
「ほら、飲めよ。これを飲んだら痛みなんか忘れてゆっくり眠れるぜ。まあ前みたいに他の記憶もだんだん薄れて忘れていっちゃうけどな」
そんなことを言って、へっへっへと汚く笑う。
(そうか、こいつらがおいらを攫って連れてったんだ。この薬を飲まされたからおいら何も覚えてなかったんだ……)
それを感じ取った。
(許せない、許せない、くそくそくそくそ……)
ポチの頭が憎しみで染まっていってしまう。
こいつらが居なければ自分の記憶が無くなることなくこの村でずっと平和に暮らせていたということ。ポチの人生を変えた奴ら。そいつらを許せない。ポチはあまりの悔しさに涙を流す。
「こいつ、ケモノのくせに泣いてやがるぜ」
そう言って男どもは笑う。
そんなとき、ある声が響いた。
「ウインドアロー!」
3本の風の矢が敵に飛んでいった。敵は回避するためにポチから大きく離れた。
そしてポチの横にはある人がいる。
「ポチちゃん、遅れてごめんね。大丈夫?」
憎しみで染まりかけたポチの心を、リーの笑顔は癒していくのだった。
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