見せたい

「ごめん、遅くなった。出ようとしたら課長に呼ばれて」

「いいよ。わたしも今来たところ」


 近くに大学もあるので学生も多いカフェだった。賢人が何気なく周囲を見渡すと慌てて視線を逸らす男子学生どもが何人もいた。


「どうしたの?」

「いや。見られてたみたいだな」

「え? わたしが? 男の子から?」

「20歳なら男の子なんて言わんだろうけど、みんな見てたぞ」

「へえ。なんでだろ」

「一応、翡翠が若い女の子だからだろ」

「へえ。絵を見せたらどうなるかな」

「やめろ」


 夕食をどこで食べようかと賢人と翡翠が話していると会社の男子社員が何人か入ってきた。フロアは違うが賢人と同じ部署の新入社員とその2・3個上ぐらいの、賢人にとっては全員後輩社員だった。


「あれ? 逆神さん? 珍しいですね。この店使うなんて」

「みんなも普段使わないだろう。時間調整かい?」

「当たりです。神田でトロの食べ放題やってる寿司屋さんがあるんで若手でそこへ」


 男子社員たちは翡翠に気付き、翡翠は自分の方から挨拶した。


「こんちは、す」

「こんにちは・・・え?もしかして 逆神さんの・・・?」

「そんなんじゃないよ」

「伴侶だよ」

「翡翠!」

「あ。下の名前で呼び捨てですね。やっぱり恋人なんですね」


 賢人には翡翠からキスされた負い目もあり、明確な否定をすることもためらわれた。後輩たちの内、賢人と仕事上もよく話す三年目の社員はさっきから翡翠をずっと見ている。


「若いですねえ。お幾つですか?」

「16」

「え!? 高校生!?」

「違う」


 16と聞いた途端に言葉遣いが変わる後輩たちに賢人はやや苛立ちを覚えた。


「ねえねえ。その眼帯と包帯は? 怪我?」

「怪我じゃないよ。見せたげようか?」

「翡翠」

「いいじゃない? ほら?」


 翡翠は眼帯を外した。乳白色の、光が見えない灰色グレーの左目を晒す。


「そ、それってカラーコンタクト? 片目碧眼の中二病的な?」

「ううん。失明してるよ。原因、聞きたい?」

「え、いやその」


 賢人の後輩たち全員が俯き加減になった時、翡翠は右手首の包帯を外し、まるで高価な腕時計を見せるようにして手首の赤い線も晒した。


「いわゆるリスカ、ってやつ。結構前に切ったのにいつまでもなまっぽいんだよね。ははっ」


 後輩たちが話題を変えようとすればするほど墓穴を掘っていく中、一番してはいけない質問を彼らはした。少なくとも賢人にとっては避けてしかるべき話題の。


「そもそも翡翠ちゃんと逆神さんってどこで出会ったの? まさか援交?」

「失礼だね。ちゃんとした病院でだよ」

「え?」

「病院の精神科で。わたしたちうつ病だから」


 後輩たちが、しばらく無言になった。

 先に話しかけたのは賢人だった。


「みんな。羨ましいか?」

「・・・いや、引きました。逆神さん」

「なんだ」

「うつ病だってこと、会社には?」

「言ってない」

「そう、ですか。じゃあ、俺らそろそろ寿司屋の予約時間なんで」


 後輩たちが行ったあと、翡翠は珍しく神妙な顔で賢人の顔を下から覗き込んだ。


「ごめん。病気のことみんな知らなかったんだね」

「ああ」

「よかったの? ほんとに?」

「いいんだ。それより翡翠を見せびらかしたかったんだ」


 事実、賢人は自分から言う作業が省略できて好都合だと思った。

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