やめたい
枕崎に着いた。鹿児島の先端の街の漁港のコンクリートをモーターの駆動だけで滑らせ、海に対してフロントグラスを正面に向けて賢人は停車させた。
先に車を降りると後から翡翠が降りて来た。
「絵は?」
「置いておく」
「いいのか?」
「いい。ここはプライベートだから」
夕日とは呼べない時間帯だが太陽は午後遅い時間の和らぎを見せ始めており、賢人と翡翠は別々の離れたモヤイに腰掛け、翡翠は肌を日差しに晒す形となった。
「賢人。仕事、やめたい?」
「そうだな。やめて生活できるものなら」
「まさか人生をやめたいとか言わないで」
「俺たちの病気なら冗談にもならないな」
「ねえ。やめてね」
「紛らわしいな。何をだ?」
「死ぬのはさ」
「死ななくてすむんならやめたいさ」
「死ぬのはね」
「死ぬ死ぬなんて言葉何回も使ってるな。そう言えば翡翠はボス猿に向かって何回も『死ね』って怒鳴ってたな」
「それはいいから。ねえ。仕事、やめたら」
「簡単に言うね」
「だって。自活はできてても自立できてないよね。ははっ」
きゅーっ、と胸を潰されるような感覚を賢人は受け、思わずモヤイから立ち上がった。自活はカネを得て寝る場所を得て着るものを着てモノを食って取り敢えず生きている状態のことなんだろうか。じゃあ自立ってなんだ。自分の人生をコントロールするってほどのことか。でも、自分1人をコントロールするだけじゃ済まない。子供がいれば扶養義務が生じ、親ならば自分を律しコントロールするだけでは済まない。年寄りがいればやはり扶養義務としての介護の問題も生じうる。好き勝手に生きてきた老人であったとしても、時間切れとなり四肢を投げ出して仰向けにベッドに寝る老人に意思もカネも無ければその場に居て逃げられない人間がコントロールするしかない。他人をコントロールする義務を持たされた人間も、それでも自立できるのか?
「なんか難しいこと考えてるね」
「翡翠。自立ってなんだよ」
「さあ。取り敢えず立つこと? ははっ」
「ほんとはやめたい。やめられない、って思ってるけど、やめてしまおうかとも思ってる。やりたくないことをやらずに済ます方法はないかと思ってる・・・会社を意思決定の要素として生きたくはない」
翡翠も、ショッピングバッグレディも、自分の意思ではあるのだろう。
自立、と分類してもいいのだろう。賢人はそう自ら思考した。
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