一
一
男は、千葉県の左らへんにある中堅どころの大学をそこそこの成績で卒業した。
農学部畜産学科。動物生態学の他に、森林野生動物の生態学をも学んできた。併せて、小動物などの飼養学から生態学までを学び、一通り動物のことに関しては理解してきたつもりだった。
特段、動物が大好きな訳ではない。好きでもなければ嫌いでもない。卒業したら自宅からわりと近い動物園か水族園で社員として働きながら、行く行くは定年まで暮らして行けたらそれでいい。そう思っていた。
男の名は甲乙(こうおつ)たけしという。
やや細身の体で髪の毛は短く刈り込まれている。人のよさそうな雰囲気なのは絶えず顔に笑みを張り付けているからだろう。甲乙は老若男女構わずそこにいるだけでまわりに癒しを与える。そんな存在だった。
ただ、生まれ落ちたすぐ後で重い病に伏したこともあり、少しばかり足が悪い。
ひきずるような歩き方は子供の頃なれいじめの対象となっていたが、大学に入ってからはみな大人になった為か、はたまた大人ぶっている為か、甲乙に対しては優しく接する傾向にあった。
そんな仲間たちに恵まれて、そこそこ楽しいキャンパスライフを送ってきた。
そして、仲間たちが就活に苦しむ中、なんの不自由もなく動物園の内定を取ってきた。
大学新卒でも高卒でもスタート金額は変わらない。仲間たちは一般企業に就職が決まり、初任給だって甲乙よりはるかにいい。
腹のなかでは皆、『あいつは足が悪いから一般企業にいないほうがいいのかもしれない。ほら、営業なんかは無理だろう。走れないんだから。きっと居づらいだろう』と、余計な心配をしていた。
仲間たちがそう思っていることくらい当の甲乙は感づいていたが、あえて言ってこない仲間たちに何を言うわけでもなく、いつも通りにこにこしながらやり過ごしていた。
卒業旅行にはフランス、イタリアなどヨーロッパ巡りを企てていた。
甲乙も少なからずその話に混ざっていたので、初めての海外旅行に心浮き立て、ガイドブックを買って行って仲間たちとああでもないこうでもないと夢膨らませ、付箋なぞつけて妄想トリップを楽しんでいた。
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