第166話 受験生の感情

「おい、お前のせいじゃないのかよ」

 直哉を威圧するように見下ろし、低い声で放ったとんでもない一言に、周りは凍り付いた。スタッフが制止させようとする前に拓が叫び、ずかずか寄ってきた。

「はああ?? 何言ってんの? なんで直哉のせいなんだよ」

「こいつが昨日、石田の家行ってればこんな事起きなかったんじゃないかって言ってんの」

 拓にも孝太郎が筋の通らないことを言っているのが十分わかった。孝太郎の前に立ちはだかり

「何の関係があるんだよ!」

と怒鳴り返す。

「いや大有りだろ! こいつのせいで色々おかしいことばっか起きて、みんな不安になって、昨日だってそうだ、何で真子さんがあんなこと言われなきゃいけねーんだよ! それもこれもみんなこいつのせいだろ!」


 千帆が泣きだした。世羅と沙織が駆け寄ってきたので、直哉はそっと預ける。しかし座ったまま黙って何も反論しない。違うだろ、関係ないと喚く拓にお構いなく、孝太郎は続ける。いつにもない剣幕だ。こんな孝太郎見たことない。

「あのババアに一緒にくっついてってりゃよかったんだよ! そうすりゃ事故なんか起きなかったんだ! ババアが真子さん呪うような真似したから怪我したんだよ!」

「何言ってんの? 呪いとか馬鹿なの? そんなもんあるわけないだろ!」

 拓が必死で反論する。2人の剣幕に小さい子供たちは誰もが黙ったままだ。他のスタッフが慌てて飛んでくる。2人ともやめなさいと口頭で注意するが引かない。それに美穂まで入ってきてしまった。


「直哉のせいだとか言ってんけどさぁ、勉強できないのを人のせいにしないでよ! できない理由を都合よくなすりつけてるだけじゃん!」

 優二がおろおろと美穂を引っ張る。

「はあ? 必死こいて俺勉強してんだよ! うっさいお前らが邪魔するから進まねぇんだろうが! 学校の評判落とされて! へんなマスコミがうろつきやがって! 外出もまともにできないストレス受けて! こっちは受験なんだぞ! どれだけ俺が苦労してんのか分かってんのかよ」

「受験生だからって甘えてんじゃないよ!」

「お前らも来年になりゃわかるよ。どんだけ迷惑か! どんだけ不安か! 俺の苦労全部台無しにされた! もし落ちて行くとこなくなったら直哉お前責任取れんだろうな!」

 とうとう孝太郎は直哉の襟元をつかみ上げ椅子から立たせた。すると拓がその腕を引きはがそうとつかみかかる。

「やめろ!」

「やめなさい!」

「離して!」

 周囲が同時に叫んだ。さすがにスタッフも割って入り3人を引きはがす。直哉は膝から崩れるようにして床に座り込んだ。


「直哉のせいにしてる暇があるならさっさと部屋行って勉強すれば!? 付き合ってらんない!」

 美穂が直哉の腕を抱え、立たせようとした。

「ね、部屋行こ。ほら優二も手伝ってよ」

 うしろであわあわと見ているだけだった優二も、さっと飛んできて2人で肩を貸した。

「……ぁぁあああーー!」

 イラついて椅子をける孝太郎に、毅が泣き出してしまった。純はぎゅっと抱きかかえると孝太郎をにらみつけていた。


「……ンだよ、みんな直哉直哉って! そうやって俺の事悪者にしてりゃいいだろ。誰のせいかなんて今にすぐ分かるよ。直哉、俺の前に二度と姿見せんな! 早く出てけ!」

 孝太郎は荷物をひっつかむと美穂たちを邪魔そうに追い越して階段を昇って行った。


 部屋のドアを乱暴に閉めた。ベッドにぼふっと体を叩きつけた。突然スイッチが切れたように動けなくなった。頭がガンガンする。

 少しずつ自分が戻ってきた。さっき、一体何を口走ったんだ。普段言わないような事をすごい剣幕で怒鳴った。しかも手まで出した。なぜ自分でも抑えられなかったんだ。まるで自分じゃなかった。我を忘れてってこういう現象か。掴みかかったのは覚えているのに、口から出た言葉をはっきり思い出せない。それだけストレスが溜まって考えもせず撒き散らしていたのだろうか……。


 静かな部屋にいると、恐怖を感じるほどの風が唸る音が耳につく。俺なにか悪いことした!? 寄ってたかって邪魔しやがって! それでも俺を責める訳!?




 ……でも、本当はわかってる。

 誰かに八つ当たりするしか自分を今保っていられないのだ。不安で不安でしょうがない。本当に今回の件で、自分の道が閉ざされることがあったら……。受験に失敗してしまったら……。

 なんで自分の邪魔ばかりするんだ。こんな環境じゃなきゃちゃんと勉強だってできたはずなのに。

 できた……はず……なんだ……環境が悪すぎるんだ……

 その時、あの不思議な夢を思い出した。

 そう、自分は大丈夫。道は用意されている。布団をぎゅっと握りしめ顔をうずめる。


 

自分の中で2つの自分が問いかけあっている。


A. 何が根拠に受験は大丈夫だって言えるんだ?


B. きっと俺がこんな環境にいるのをかわいそうに思って神様が手助けしてくれたんだ


A. そんな非現実的なことがあるか!


B. でも現に直哉や真一は人間じゃないじゃないか。直哉がどうなったってかまわないだろ。それに道は用意してくれるって約束したし……


A. それは誰との約束なんだよ、受験に約束なんかないだろ!


B. 心配しなくていいって、学校のせいで自分の評価が落ちることもないって、信頼していいんだよ!


A. どうかしてる……そんなもの信じるなんて……


B. 何とでもいえばいい! 俺は「声」についていくから。




 布団から顔をあげた。自分で自分を見捨ててしまったような……見捨てられたような……ひどい不安に陥った。だからなおさらあの「声」にすがった。何とかしてくれ、見捨てないでくれ、と。

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