第111話 10月21日 文化祭2日目 3人の後夜祭

 やっと3人になれた。あの時何があったのか聞き出さなくては。

「正直に話して」

 一応、真一は念を押した。志保は小さく頷いた。



―――杉元が現れたのは2時半ごろ。たまたまお客の見送りに外に出た時、背後から「吉田志保」と声をかけられた。

 振り向くとそこには、杉元が立って見下ろしていた。恐怖で動けなかった。なんでこんなところに来たの……?


「お前、いつまで遊んでんだよ」

 心臓が痛いほど強く速く高鳴る。

「さっさと死神に体入れ替えてもらえよ。それともまた向こうに戻りたいのか? だったらいつでも戻してやるよ。そんなにヤられる方がヨかったのかぁ??」

 志保が無言のまま見つめ返していると、にやっと笑った。

「ったく、死神に情でも移ったのかよ…… 俺との契約守る気ないんだったら、あの家族ごとぶち壊してもいいんだぜ。よーく考えるんだな」

 ポン、と肩に手を置くと、くるりと背を向けて去って行った。


 たまたまその様子を外で呼び込みしていた津久井が見かけ声をかけてきた。何にも喋らず硬直し、一点を見つめたままの志保に、これはただ事ではない、と先ほどの男の姿を追った。しかし沢山の来場者に紛れ、目で追うことはできなくなっていた。

 次第に突っ立ったままの志保の周りに、どうしたと人が増え、津久井が「ストーカーみたいなやつが来た!」と言ったのが発端だ。慌てて女子たちは教室の中に入り、男子生徒が外に出て目を光らせ始めた。真一がたまたま教室外に出て気づいたのもその時だった。


 先生に言おうというと、志保の方からやめて! と声を発した。吉岡たちが慌ててバックヤードに連れて行き、落ち着かせていると直哉が帰ってきた―――



「家族をぶち壊すって……?」

 真一が聞いた。

「本当のことをばらすつもりなんだよ……」

「虐待の事?」

 小さく頷く。

「多分あたしは突然消える、杉元があの家族から私を引き上げたってことにすればなんら不自然じゃない」

 確かにそうだ。いきなりいなくなったとなれば警察が大掛かりに動くこともある。そうなると厄介だ。人間が介入できない次元の話なのだから。

 杉元はこのビジネスを表に出す代わりに、志保の存在を消し、あの夫婦の罪を白日にさらすつもりだ。それを嫌がるのは志保本人。本物の吉田志保の一部を体内に宿す以上、家族を壊されることがどんなに苦痛を与えることになるのか、わかってやっている。彼女に直哉のことを諦めさせないように。


「あいつとの契約って、俺の力を使わせることか……」

 直哉の問いにまた頷く。本来志保は寿命のある体に魂を入れ替えてもらうためにここへ来たのだ。しかし今はもういいとすら思っている。真一とした「契約」もあるし、たくさんの友達も優しくしてくれる先生もいる。親とはうまくいかないこともあるけれど、今まで暮らしてきた場所に比べたらはるかにまともな家だ。



「ねえ……お願いがあるの」

 志保が神妙な顔をした。

「あたしね、交渉してみようと思うんだ」

「交渉? 杉元と?」

「そう。あたしは体を替えてもらえなかった。杉元も直哉の力を手に入れられなかった。それでおあいこで終わりにしてくれないかって」

 直哉と真一は顔を見合わせた。

「無理な相談だってわかってる。でもいうだけは言う。それがあたしの、今の正直な本心なの。だから、その後何が起こるか……どんなことになるか予想もできないけど、絶対にみんなの事守って。あたしのことはもういいから。向こうに戻されるなら戻されるでいい。ここの人を守れるのは、もう2人だけなんだ。お願い」


 鞄の持ち手を両手でぎゅっと握りしめている。ここまでの決心をさせなければならないなんて。直哉は悔しくてたまらなかった。自分が死神の力を抑えていること自体、無意味で変なこだわりなのではないかと思ってしまうくらいに……。


「言うって……すぐ会えるの? 居場所は分かるの?」

 真一が今度は質問した。

「わからない。だけど向こうは多分あたしを見てる。だから今日みたいにどこかで会うかもしれない」

「その時が最後になるかもしれないじゃない、そんな危ないこと、1人では……」

「みんなを巻き添えには出来ないよ!」

 泣き声になって叫ぶ。

「それに、本当に何か起きたら、あたしとやり合ったとき以上に酷いことになっちゃう! 直哉と真一にしか、こんなこと話せないし頼めない。だから……」

 今になって改めて、不安と恐怖と危機感が襲い、こらえていた涙が視界をゆがませた。事実上の別れを覚悟した彼女の想いが溢れているのだ。真一が歩み寄り優しく抱きしめる。志保は鞄を落とし、真一にしがみついてとうとう声を上げて泣き出した。


 真一に抱かれていると、決意が揺らぎそうになる。

「やっぱ離れたくない……やだよぉ……」

 絞り出すような声。そんなの俺たちだって嫌だ。直哉は下唇をぎゅっとかみしめたまま2人を見ていた。


 しばらく泣き続けて少し収まったころ、真一がこんなことを言い出した。

「志保ちゃんて双子だったよね」

 ぐすぐすとしゃくりあげながら頷いて返事をした。

「いつのまにか入れ替わっている、ってことも考えられるよね」

 はっとした。それも考えられる。姿も顔もそっくりならばれる確率も低いし、親もあの状況だ、もし入れ替わっていても自分の身が安全なら気にも留めないだろう。

 生徒たちだってそっくり同じ姿をしていたら見分けられないかもしれない。

「僕らにしかわからない暗号を決めておこう。もし暗号がわからなかったら、それは偽物だ。攻撃していい対象になるよね。どうしよう、何か僕らの間でしかわからないことないかな」


 真一は必死で考えた。日常生活の会話……。ふと、直子が休みの日にたまに口にする「お昼どうしよう」が思い浮かんだ。口にしてみる。

「お昼どうする」

「え?」

 志保が顔を上げた。

「『お昼どうする』はどう? そうだよ、ここの国で僕初めておにぎりって知ったから、あっちから来たばかりだったらきっとわからない。答えを『おにぎり』にしない?」

 志保も最初弁当を分けてもらったときおにぎりをもらった。なので全員一致で、この問いと答えを頭に叩き込んだ。ちょっとでも相手がおかしいと思ったらこの質問をすることにした。


 少しでも離れたくなくて、志保は真一の手をぎゅっと握ったままだった。志保を真ん中にして歩く。直哉も傍に寄り添い、肩が触れるか触れないかくらいの距離で歩幅を合わせた。

 彼女の住むアパートは目の前だった。何度も振り返り、階段を上っていく。ドアの中に姿が消えるまで、2人は下から見上げていた。

 静かにドアが閉まったのを確認し歩き出す。



「なにを仕掛けてくると思う?」

「わかんない」

「もし、戦闘になったら僕じゃ役に立たない。直哉しか頼れないんだ。それに本当の狙いは、僕の勝手な想像だけど直哉だけの気がするんだよ」

 どういうことか聞き直した。自分だけとは?

「死神の力を使わせて悪魔に引き込もうとしているわけでしょその杉元っていうのは。だから、もし志保ちゃんが使えないって判断したら、簡単にあの子を見捨てる気がする。志保ちゃんが大事だから、とか志保ちゃんを助けてあげたいっていうのは全く感じられないな。今度は双子のもう1人を使ってくるかもしれないし、全く別のが来るかもしれない。」


 確かに志保を利用しているだけ、というように見える。志保も杉元を怖がっているようだったし。正体はどういう悪魔なのだろう。

「直接、直哉に接触してこないっていうのもなんか気になるんだよね。直哉の死神の力が目当てなら、わざわざ志保ちゃんを使わなくても力づくで何とかしようとしてきておかしくないよ」

 真一は冷静だな、と感心してしまった。自分なんてどうしようどうしようと困っているだけだ。本当に彼女のことを心配しているんだな……



「たとえば、直哉が強すぎるから力で勝てないと思って志保ちゃんをよこした……とか。でも戦うわけでもなし、色仕掛けするわけじゃなかったし、何か強い魔法や能力があるわけでもないし。遠回りしてるだけのように見えるんだよ。うーん……なんだろう。僕気にしすぎなのかな」

「いや、お前がそこまで思うんならそうなんだよ。俺が考えなさすぎなんだ」

 ええー、と真一は謙遜した。とにかく、ここしばらくは彼女の周囲に注意していようと話しながら帰宅した。


 帰宅して、中学生組と話していても2人はあまり文化祭の余韻に浸る気分にはなれなかった。

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