第87話 9月1日 ―――2学期―――
夏休みは入口と出口で人を変えてしまう。
殆どの生徒を約一カ月ぶりに見るからというのもあるが、その夏の経験が人間の外見も心も変えてしまう。
真っ黒に日焼けする者。突然勉強に目覚める者。なんだか外見が派手で軽めになった者。なんとなく背が伸びた者。外見から近寄りがたくなっている者。学校に来なくなる者……
今日は始業式だけなので、真一はC組の教室へ入るなり、小原、川口、渡辺がやってきた。
「おはよー。元気だった?」
「うん。この前はどうもありがとね」
渡辺が海外のお土産をくれた。小さなお菓子の箱だった。ありがとうと受け取る。
「よっす」
泊がイヤホンを外しながら肩を叩いてきた。
「おはよー」
「あ、お土産? 俺の分は?」
「えーなんであんたに?」
「無いの!? そんな殺生な~」
渡辺が笑いながら冗談だよ、と何かを取りだした。真一と同じ箱だった。
「はいこれ」
「うわー! ありがと! いっただっきまーす」
嬉しそうに受け取るとそそくさとかばんにしまう。そうしていると「あ」と小原が入口を見て声を上げた。みんなもそれに続く。石田だった。普通に来ることすら珍しいのに、夏休み前にあんな事件を起こして、良く普通に来れるな、と言わんばかりの周りの視線。
顔を覆う髪が長いせいで視線もわからず、さらに俯いているので、暗いというより怖いという印象だ。
しかし、それを気にしないものがいた。
「よ、おはよー」
固まる空気の中、泊がかけた声が緊張を破る。一緒に遊びにいけなかった渡辺を含む周りの生徒が驚くのもあたりまえだ。
「ちょ、ちょっと何、ホントだったの?」
小原にひそひそ声で尋ねる。大体の話は聞いていたがここまでとは思っていなかったのだ。
石田も泊の声にパッと顔を上げ、少し笑みを浮かべながら照れくさそうにおはようと返してくれた。
泊がガサゴソと鞄をあさり、何かを取りだすと近寄っていく。
「はいこれ、この前言ってたやつ。絶対ハマるからやってみ」
「早速いいの、ありがと」
この2人が仲良くするのも驚きだったが、その後真一までもが加わっているのを見て、皆唖然とした。
その後やってきた小島も、一体何が起きたのかと言う顔で見ていた。当然帰宅するまでには彼も巻き込まれて会話の中に混ざっていが、石田を含む彼のグループに今までされてきた事がどうも頭をよぎるようで、なかなか警戒心は取れない様子だった。
Dの方も大騒ぎになっていた。岡山、塚田と一緒に志保が入ってくると「あのこ誰?」という声があちこちからした。そして、今まで全くの空席だった「吉田志保」の席に座ると歓声がおきた。
「うっそ、ホントに吉田さん?」
あっという間に男子生徒が群がった。岡山と塚田ははじき出されてしまい、後ろから心配そうに見ているだけだった。そこへ心強い吉岡がやってきた。
「あっ朱音ちゃん! たすけてー」
岡山が助けを求めた。状況を見て一瞬で理解すると
「こらー! 散れ散れヤラシイ眼で見るな!」
と、間に入って行った。
「もぉっ、志保ちゃんが困ってるじゃないか。いきなり囲むとか、威圧するんじゃないよ!」
「お前友達なの?」
「当然でしょ、小学校の時から!」
「本物?」
志保だけがドキリ、とした。彼女はなんて言うんだろう……
「当たり前だ! なぁーに失礼なこと言うの!」
やいやいと騒ぐ一角を、女子は冷めた目で見ていた。そしてその直後、直哉が入ってきた。
「あっ、おはよー」
木村が声をかけた。お早うと言いつつ、なんでか男だけで団子になっている状況に何かと尋ねる。
「吉田さんが珍しくてみんな見てんだよ。こんなかわいい子居ないよ」
中心に志保がいるのがわかると、一瞬険しい顔をしたが、関せずに席に着く。運悪く志保の隣のため人垣ができてやけに窮屈に感じる。
安藤、梅田、田子、佐々木の4人がさっそく直哉の方へやってきた。
「おはよう藤沢君」
「あ、おはよう」
「このまえ楽しかったねー」
「うん。ありがとう」
「また行こうね」
彼女たちは個々に家族で旅行に行ったらしくお土産をくれた。端から受け取り中を開けて見ては話をしていた。
教室の隅からは飯田、吉永、大治が男だらけの人垣を見ていた。あの女の本性を知らないくせにちやほやして……。しかし直哉との約束もあるし、自分の身を守らなければならないのもある。ただひたすら黙っているだけしかできなかった。
そして直哉に群がる女子たちも気に喰わなかった。自分たちは彼に見られたくない姿、知られたくない心をみられてしまった。あの子らのように気安く話すことなんかできない。ただこうして心の中で、恐れながら嫉妬しながら見ていることしかできなかった。
チャイムが鳴り、担任が登場した所で収まった。
ホームルームが終わると、放課後部活に出る者と帰る者に分かれる。
帰りの礼をした瞬間、男子が一斉に動き出しまた人垣を作った。直哉は彼らにも志保にも目をくれずさっさと出て行った。随分つれないなあ、と原田は教室を出て行く背中を見て感じた。
夏休み中、仲良よさそうだっただけに。でもあのケガした日に何かあったようだしな。それにあんなに人に囲まれて話す隙間もないせいだろう、と自分なりに納得し、原田も続いた。
「石田君の他、今日来てたの浜口君くらいだったよ」
ぞろぞろ一斉に帰る道中、真一がクラスの様子を直哉に教えていた。
「浜口君にも、弟君大丈夫だったかって聞いたら、やっぱり拓のことで結構ショック受けてたみたい」
「そっか、あのまま大野達とは切れてくれたらいいんだけどな」
「2人とも大野達が来たら何かされるんじゃないかって心配してたよ」
直哉は千帆と歩いている最中からまれた事を話した。すると原田や田中も一緒になって、全く反省していない、このまま来なきゃいい、もう少しきつい罰を受けるべきだと怒り始めた。
「そんな程度で改心するようなのに見える?」
笑いながら返す直哉に「メンタル強いなあお前」と原田が返した。こっちの方が心配になってしまう、と。
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