第85話 8月19日 懲りないやつら

 朝からどんよりと曇っていた。風の子園に今日は拓の面談で来客がある。この時ばかりはみんな気を使って静かにしている。純もはるなと毅と外で遊んでいる。


 直哉はまた千帆と一緒に買い物へ出かけた。今日は近所のスーパーではなく、駅の方にあるパン屋さん。善意で風の子園のために、サンドイッチを作る際に出る耳の端材を分けてくれる。子供たちはこれを揚げて砂糖をまぶしたおやつが大好きだ。今日はそれを分けてもらいにいく。千帆も嬉しそうだ。



 パン屋につくと女性がでてきた。園長の昔からの知り合いで店主の妻だ。名前が「まや」なので近所の皆から「まやさん」と呼ばれている。

「こんにちは」

「こんにちはいらっしゃい。千帆ちゃんもよく来たね」

「こんにちあ」

 千帆は小さい声ながらも、声を出して挨拶するようにもなってきた。

「なんだか雨が降ってきそうねぇ、傘持ってるの?」

「いえ。そんなに遠くないし、まだ大丈夫ですよ」

「念のため袋二重にしておくね。あ、そうそう。これよかったらたべて。甘夏のジャム」

「いただきます。みんな喜びます」

「このままつけて食べてもおいしいからね」

 千帆がニコニコして小瓶を受け取り、パン耳の入った手提げ袋に丁寧に入れた。

「じゃあね千帆ちゃん。またね」

 ひらひらと手を振ると、それにこたえて手を振るようになった。

「ありがとうございました」

 直哉もお礼を言って扉を開け、千帆を先に出してから自分も出ていく。



 2人を見送るとまやもニコニコとしながら奥へ戻っていく。2人のことは特段気にかけている。園長から事情は聴いており、世間に慣れさせるためにお使いにたまによこすからお願い、と頼まれていたのだ。

 もちろん最初は見かけに驚いて警戒していたが、実際には他の子供と変わらない素直な子だな、と好感を持つようになった。

 2人を見ていると本当に気持ちが良かった。少しずつ表情も、会話も人並みになってきて自分の子供の様に成長を嬉しく感じた。



「あっ、降ってきた!」

風の子園まであと半分なのに、ぽつ、ぽつ、と雨粒がおちてきた。大雨にはならなそうだが、千帆のペースで歩くとだいぶ濡れてしまう。

「おんぶしよう」

千帆に荷物を持たせ、直哉がかがむ。それにおぶさる千帆。ちょっと急ぎ足になる。


「!」

 直哉が一瞬足を止めた。大野の姿が視界に入った。すぐ目の前のコンビニエンスストアから出てきた。その後ろから浅田も出てきた。向こうもこちらに気づいたようで止まった。

 直哉は千帆を負ぶっていることもあり、素通りしようとした。



「おい!」

 案の定呼び止められた。ああ、煩わしい。一応振り向いておく。無視すればしたで追いかけてくるだろうし。

 近づきながらまた威圧的な態度を取ってきた。全然成長しないな。

「てめえ先輩が出てきたらマジでヤキいれっかんな。俺らがいないからっていい気になってんじゃねえぞ」

 フウ、と一つ軽く息を吐き、聞き入れられることはないとわかっていても忠告する。

「また騒ぎ起こすと捕まるぞ」

「警察上等だよ、てめえのせいで捕まったんだよ、どうしてくれんだぁあ?」

 もうこれ以上何を言って無駄だ、早く帰ろうと

「もう関わらないでよ。お前らといざこざ起こしたくない」

と話を切ろうとした。

「そっちが関わってきてんだろうが! おめえが死ねばいいんだよおめえがよ!」

 彼らの言っていることはめちゃくちゃだ。千帆が怖くて泣きだした。

「あ、泣かせた! こんな小さい子泣かせて恥ずかしくないのかよ」

 直哉が2人を責めると、さすがに小さい子のまえでは何も起こせず、なにやら悪態をついて離れていった。


 歩き出しながら優しい声で慰める。

「大丈夫だよー。あいつら俺だけに用があったんだ。お前は関係ないから安心しろ。大丈夫だよ。ほら泣くな泣くな」

 もう2人で濡れてもいいや、とパンだけ守りながらゆっくりと歩いて帰った。

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