第69話 夕立のおかげ
「えっ、うそでしょ、なにあれ」
食べ終わる頃に、ガラス張りの壁の外を見た小原が声を上げた。
「えー! やだ土砂降りじゃん!」
屋内に居て気づかなかったが、夕立がきて外は大雨。どうも混んできた訳だ。続々と避難してきている。
「これじゃあしばらく外に出られないねえ」
「うわ! 光った今!」
少し遅れて大きく響く低音が建物を揺らした。
「ラッキーだったね、先に席取ってて。今来てたら立ち食いだったよ」
「もう少し様子見てから帰ろうか、今出たら駅に行くだけでずぶぬれだ」
屋内にゲームコーナーがあるので、そこをぐるぐる回って時間をつぶした。
石田のユーフォーキャッチャーの腕がかなり良く、女の子たちがぬいぐるみを取ってもらってきゃあきゃあとはしゃいでいた。
泊は音に合わせてボタンを押すゲームで難易度の高いコースを難なくクリア、仲間だけでなく周囲にいた客からも拍手をもらっていた。
真一は全てが初めてで、何か初心者でも出来そうなものを探してもらい、太鼓をたたくゲームを小原と一緒にやってみた。難しかったがなかなか病みつきになりそうで、終わった後も川口と泊のプレイを熱心に見ていた。
3時半ごろ。ようやっと小降りになった所で園をでる。
「あーなんか寒い」
夕立の後でひんやりした空気が、若干半袖姿には冷たく感じた。小原が腕をさすっていると、真一が「大丈夫?」と声をかけていた。
「うん、でも腕冷や冷や」
二の腕をさすりながら答えていたので、何気なく真一は触ってしまった。小原は驚いた。まさか触ってくるなんて。ドキドキしてしまうじゃないか!
「あ、本当冷たい」
その時。
「これ着る?」
みんなが目を丸くした。石田が羽織っていた半袖シャツを脱いで差し出したのだ。中にもう一枚Tシャツを着ていたので特段困ることはない。
「えーー! 超優しいんだけど! いいの? いいの?」
「そんな紳士な奴だったっけ!」
「でも石田が寒くないの?」
「うん、そんなでもない」
ありがたく受け取り羽織る小原。男物のおかげで五分袖程の長さになる。
「ぬくい~~。ありがとう」
「川口さんは大丈夫?」
真一が腕を見ながら聞く。
「ちょっと冷たいけど大丈夫だよ」
「じゃあくっつこう。みんなでくっつけば暖かいよ」
突然ぴとっと真一の方から肩をくっつけてきた。
「キャーーー!」
恥ずかしそうにしながらも、手を頬に当て嬉しそうに真一の方へ体重を寄せる。あーいいないいなと小原もくっつき、真一に手招きされて「何やってんだ俺ら」と言いながら泊もくっつき、石田も「じゃあ俺も」とくっついた。
電車が来る数分間だったが、ここまでみんなが心を開いてくれたことが、全員嬉しかった。泊ですら、石田に敵対心はもうなくなっていた。
電車の中で泊と石田がゲームの話になり、たまたま意気投合するものがあったようで「こんど貸すよ」などと親しげに話しているのを見て、真一も安心した。
電話口で「一言もしゃべらない」なんて豪語したのは忘却の彼方のようだ。
後ろで盛り上がる泊と石田をよそに、小原が今日来てくれたお礼を真一に告げた。
「今日ありがとね、またどっか行こうって言ったら一緒に来てよ。なんかさ、杉村君といると不思議にこっちも優しくなれる気がする」
「あーわかるわかる! なんでだろう、誰彼かまわずに優しくなれるよね」
「ええ、そんなことないよ。でも今日楽しかった。こっちこそありがとう。こんな遊べる所があるなんて知らなかったよ」
「お天気最後残念だったけどね。楽しんでもらえたら私たちも嬉しい」
「最初石田誘った時どうしようかと思ったけど、あんな奴だったなんてさ。それがわかったのも杉村君のおかげだよ」
照れ臭そうに笑う真一。
「杉村君ぜったいモテるわ、こんな優しい子だなんてばれたら……あー隠しておきたい!」
「ほんとほんと、あまり誰でも優しくしてたらさ、彼女とかできたらみんな嫉妬しちゃうよ~」
「えええ、そうかなあ」
さらに照れる真一。
「無自覚だなー! 杉村君ファンの子多いんだよ。藤沢君もファン多いし」
「そうだ、Dの登校拒否の子来たんでしょ? どんな子? 超可愛いって聞いた」
真一は見たままの印象を話した。なんとなく直哉のことが気に入っているようだと話すと、2人が一瞬ほっとしたような反応をした。でも真一と仲がいいのは確かなので、気にかかる存在なことには変わらなかった。
電車はもう最寄り駅に到着してしまった。さらに小降りになっていたが、傘がなくても帰れそうだった。
手を振りながら「また遊ぼうね」と声を掛け合って別れる。
西の空に金色に明るく輝く雲がでていた。雲の切れ間から光のはしごがうっすらと差していた。
途中まで方向が一緒の真一と石田は、返してもらったシャツを羽織り直しながら歩き出す。
真っ直ぐに顔を上げ歩く彼を見て、とても晴れ晴れした顔になっているのを感じた。この前会った時の暗く沈んだ顔はもうない。真一は2人きりの内に聞いておきたいことがあった。
「ねえ、一つ、聞いていい?」
「え、うん」
ふうと小さく息を吐き、歩くつま先の少し先を見つめる。
「小島君に、拓のことメールくれたの、石田君じゃない?」
言い終わらないうちに彼の顔を見た。明らかに動揺している顔だ。こわばっている。歩くリズムが乱れた。
「……」
無言ではあるが、この表情。彼で間違いない。
「どうして?」
沈黙したまま歩きつづける。その間何度か、何か言いかけるがすぐ口を閉じてしまう。彼が苦しんでいるのが感じられた。
真一はただじっと待っていた。急かすこともせず質問を追加することもなく。もう分かれ道は目の前だ。
「わからない」
やっと出てきた返答。答えられないのが申し訳ないといった表情だ。
「そっか。やっぱり、石田君だったんだ」
真一は優しい笑顔を見せた。その瞬間、石田の目から涙が伝った。
「えっ、ちょっと、なんで……」
そんな答え辛い質問をしてしまったのだろうか。
「ごめん、変なこと聞いて、責めたつもりじゃないんだよ……」
石田が首を横に振る。耐えられないようだ。右手を目に当て、必死で泣くところを見せまいとしている。
真一が軽く肩をポンポン叩いた。みっともない姿見せたくないのに。彼に触れられているだけで、今までこらえていたものがわっと溢れて止められない。こらえるどころかどんどん涙がでてくる。
「送っていくよ、家まで一緒に行こう」
泣いたまま一人で歩くのも嫌だったので、2人で歩きだす。ゆっくりと石田の家のほうへ向かう。
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