第61話 7月20日(2) 近づけた世界

「ねえ、一緒に帰らない?」

「えっ?」

 突然の提案に石田が驚いた。自分が痛めつけた相手から優しくされるなんて思ってもいなかった。嫌われると思っていたのに。でも少し、嬉しさと期待を抱いた。2人に近づけるのではないか。自分の知らない世界に触れられるのではないか。そう思った瞬間もう頷いていた。

「ちょっと待ってて。もし直哉が嫌がったら2人で帰ろう」

 真一は石田の意志は聞かずに教室から出て行った。D組へ行ったようだ。


 しばらくして戻ってきた。

「一緒に帰ろうって」

 石田は素直に嬉しかった。真一の後ろをついていく。Dへ行くと案の定原田や田中は、何しに来たのだと言わんばかりに睨みつけるような視線を送ってきた。それも仕方がない。自分の行いの見返りだ。

「じゃあね。また部活でー」

「おう『気を付けて』帰れよ」

 わざと強調しているのは分かった。

 もう殆どの生徒は帰った後だったので、目にした者は少なかったが、この3人が一緒に歩いてる?? と誰もが目を疑った。教師ですら振り返って二度見した。

 

 3人でたわいない話をしながら、直哉に合わせゆっくりと歩く。

「石田君てなんであいつらと仲良かったの?」

 真一が自分を「君」付けで呼んでいることに驚いた。敵意はないことの表れなのだろうか。

「小学校から仲良かったんだけど、気が付いたら先輩たちの子分になってたな」

「最初からじゃなかったんだ」

 軽く頷く。


「入学したときに大野が安西先輩と仲良くしてて、それで俺も。一緒にいて楽しかったけど、怖いことも平気でやれるようになってた。悪いことだって意識がだんだんなくなってて、先輩たちと居たら無敵な気がして、だんだん上下関係厳しくなってきた」

「あー確かに。あれといれば無敵だ」

 直哉がハハハと笑いながら言う。よく笑ってられるなと驚かされたが、冷静に考えたら笑い事だよな、と客観的にみられるようになった。

 何を強がっていたのか。何を悪がっていたのか。何を格好良いと見ていたのか。今は目の前の2人が憧れの対象になってる。


「石田のほうは大丈夫だったのかよ。おうちの人になんか言われたんじゃないのか?」

 直哉まで真一にあわせ「くん」と付けているのがおかしくなった。どこかこそばゆいような、でも悪くないなと感じた。

「さんざん泣かれちゃった。この年になって何が犯罪かもわからないのか、殺人犯になりたいのかって。おやじにも殴られるし、兄貴にも兄弟だと思われたくないなんていわれた」


「でも心配してくれる家族がいるのはいいことだよね」

 真一の言葉にあっごめんと思わず石田が謝る。この2人は「施設」にいたんだっけ……。

「謝ることないよ。僕らだってスタッフの人に散々怒られてさ。危ないことするな、何回怪我すれば気が済むのー、また病院代がかかるしぃ、もぉーって」

 直子の口調を真似する真一をみてきゃははと直哉が笑う。なんだかわからないが石田も笑った。


「石田くんいつも俺の事襲ってくるから嫌いなのかと思ってた」

 直哉が率直な意見を述べる。確かに嫌いだった、最初は。赤い髪で見た目不良。勉強はできないのに力も強いし女子にも人気。でも、あの幼い女の子と連れ立って歩いていた姿で一変した。それから気づかない面がいろいろ見えてきた。

 だがそんな恥ずかしい事口が裂けても言えない。

「俺も悪いと思って……謝りたかったんだ。ごめん」

「もういいよ。ただ二度と殴んないでよ?」

 誓ってそんなことしない。そう思って頷いた。真一も可愛らしい笑顔で終始話してくれるようになった。


―――ああ、これが本当に自分が居たかったところだ―――


 ゆっくり歩いていたのにもう分かれ道だ。じゃあね、と手を振って別れる。明日から休みだなんて耐えられないかもしれない……期間が空いたらもうこんな風に接してくれないかもしれない。真一が直哉を気遣いながら去っていく姿を何度も振り返った。もう少し一緒に居たい……

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