第41話「11月20日取締役会②」
「ただいま、議長からご指名に預かりましたようですので、代表取締役社長兼COOの平野から少しお話をさせて頂きます。」
平野は取締役会で初めて『代表取締役社長兼COO』と自らのことを呼んだ。あくまで堅苦しく、法律や規定に則って対応している自分を演出するためだ。
「去る10月19日の取締役会では、和久取締役より対策委員会の中間報告として、五反田の詐欺事件については私に責任があるとのご発言がありました。そして、その場で奥平会長より私に対して社長の退任を促すご発言があったと認識しております。」
ここからが平野にとっての大勝負だ。
「今回の五反田の詐欺事件については、私としても責任を痛感しております。最終的な決裁を行ったのは私であり当然でしょう。その上で、後進達のためにあえて言わせて下さい。」
平野は、奥平を除く全取締役を見回した。東日本のアパート建築の営業担当専務と目が合ったが、彼はそらした。ま、こんなもんだろう。
次に、この10年以上一緒にやってきた経営企画担当常務の木村は平野と目が合うと真剣な眼差しをかえしてきた。平野の最後の言葉を聞こうとしているのだろうか。ふと口元に笑みが漏れたが、恐らく誰も気づかなかっただろう。
「五反田の詐欺事件は本当に残念な案件でした。しかし、社長という立場が一定の裁量を持ち、緊急の物件取得を決裁できる体制自体は必要です。ご承知の通り、満水ハウスは高級マンションの開発によって差別化を図っておりますが、不動産価格が上昇する局面でも物件の立地や価格に拘り過ぎて、ほとんど用地を購入出来ていません。特に売主側が物件を入札によって売却する際には、他社が高い応札価格を出してくるため、我が社は全くと言って良いほど太刀打ちが出来ていないのです。
ここで平野は一息入れた。
「皆さんもお気づきでしょう。我が社は、マンション素地という開発物件の取得目線は非常に保守的です。しっかりと利益が出せる物件しか購入しようとしません。そのため、特に入札では他社に出し抜かれてばかりですが、この姿勢自体は私は悪いことだとは思っていません。バブル崩壊、リーマンショックを見てきた世代として、慎重に対応していくことは会社を存続させることだと考えています。しかし、良い物件であれば勝負をかけなければならない場合もあります。五反田の海猫館はまさにそのような案件です。入札ではなく相対で購入できるような案件は、判断スピードが要求されるのであり、そのような判断の仕組みを問題視することは我が社の将来の競争力を弱めます。」
和久取締役が顔を上げて平野を見た。少し苦々しい表情をしているようだ。
「五反田の詐欺事件は、私に責任があります。しかし、ビジネスにはリスクがつきものです。リスクを取るからマンション事業が成り立つのです。」
取締役会の空気が少し変わった。ざわついていると言えば良いか。
「そのため、私は、自ら退任することは致しません。ここで私が責任を認めて退任するのであれば、後進達はリスクを取れなくなるでしょう。」
(続く)
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