第27話「9月7日取締役会」

 9月7日には、五反田の詐欺事件における責任を取る形で、取締役全員の減俸処分を取締役会で決議し、発表した。

 取締役会の場での奥平の発言は厳しかった。

「取締役の皆さん。今回は申し訳ない。五反田の詐欺事件の責任を皆さんにも取って頂かなければなりません。CEOの私と今回の事案の決裁をしていた平野社長の二人は役員報酬を2割、2ヵ月減額。他の皆さんは役員報酬を1割、2ヵ月減額とさせて下さい。」

 まず、そのように言って、奥平はおもむろに立ち上がり、全員に頭を下げた。これが、奥平だ。いつもは怖いオーラがあり、横柄なのだが、いざとなると人に頭を簡単に下げることができる。これで『懐が深い人』『本当は偉ぶらない人』『話せば分かってくれそうな人』という評価となるのだ。役者が違うとはこういう人のことを言うのだろう。

 しかし、平野からすれば見過ごせない発言でもあった。今回の事案の決裁をしていたのは平野だと取締役全員の前で奥平が改めて発言したのだ。『平野に責任があり、他の取締役を巻き込んでしまい申し訳ない。』そのように奥平が発言したようなものだ。

あわてて、平野も立ち上がる。

「奥平会長が申し上げました通りではありますが、この度は大変ご迷惑をお掛けしました。」平野も深々と頭を下げた。

 頭を戻した時には、奥平は座っていた。他の取締役も平野に目を合わせようとはしていない。何となく白けた雰囲気を感じ取りながら、平野は着席した。

 今回の取締役会では、併せて、詐欺事件における調査対策委員会の設置も決議し、公表した。委員会は社外監査役および社外取締役の4名で構成されている。実際の手足となって動くメンバーは法務部や監査部から兼務させた。設置目的は『詐欺事件の発生に影響した内部要因等の原因を究明し、再発防止策等の協議・検証』することだ。

 この調査対策委員会は実際には7月20日開催の取締役会後に奥平が設置を指示し、翌日に仮発足していたものだ。

 調査対策委員会の役割は、奥平の意向を受け、平野を含めた関係当事者における責任の有無を判定することだ。警察が調査している書類や、社内の稟議資料、今回の事件の顛末書に加え、関係当事者から事情聴取を行っていくことになる。

 平野にとっては、気持ちの良いものではない。何と言っても、自分の責任を追求されるのだ。そして、社外監査役も社外取締役も奥平と近しい。平野のことを気にもしてはいないだろう。実権者は奥平であるのだから。

(続く)

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