第24話「7月20日②」

 報告が終了して、一瞬の沈黙が訪れる。

 取締役のみならず、取締役会に出席している全メンバーが奥平に視線を送っている。

 奥平が眼鏡をかけなおし、目線を上げた。

 周囲を見渡す。やはり眼に力がある。

「これはあかんやろ。」

 場が凍り付いた。平野にはそんな気がした。

「改めて皆さんの前だから言っておくけどな。平野社長、自分に国内のことは任せてるんやからしっかりせいよ。」


 誰も発言をしない。


「東京マンション事業部はプロとは言えんでしょうな。満水ハウスにとって非常に重い罪がありますよ。満水ハウスは詐欺に引っかかる会社なんだと、アホな脇の甘い会社なんだと日本全国に響き渡りますわな。そうすると、これからは我が社に日本中の詐欺案件が持ち込まれることになりますよ。ガードが甘くて、金だけ持っているカモとしてね。」

 取締役会とは本来、取締役間で議論する場だ。株主から経営を付託された経営のプロが企業価値を向上させていくために議論を行い、判断をしていく場のはずだ。しかし、満水ハウスでは奥平の独演会となることが多い。もちろん、日本の他の企業も同様かもしれない。平野はふとそんな思いを抱いた。今、考えることではないのだが。

「そして、不動産部と法務部。牽制機能が全く働いていないということですな。」

 奥平の独演が続く。

「収益性のチェックのみならず、現場の暴走があるならば、それを止めるのが不動産部。そして、法律的な観点から取引のチェックを行い、現場をサポートするのが法務部。この両部が全く機能していないことが明らかですわ。」

 取締役に陪席している本部の部長、担当者からかすかなざわめきが起きていた。奥平が東京マンション事業部のみならず、本部セクションである不動産部や法務部の責任を追及していたからだ。

「現場の営業担当が戸建てを一戸受注してなんぼ儲かると思ってるんやろうな。皆が積み上げきた利益が今回の詐欺で一気に吹っ飛ぶんや。不動産部と法務部は守りや。営業が利益を積みあげるのはしんどいのに損する時はあっという間や。守りは重要なポジションや。」そこまで言って、奥平は各取締役の顔を見廻した。

「今回の取締役会はこれで終了致します。なお、今回の詐欺事件については、第三者委員会を立ち上げることに致します。まずは、取締役会に諮ることはなく、暫定の組織として立ち上げさせてもらいます。名称は調査対策委員会とします。正式な発足は本件の対外公表後となります。」

 そうきたか。平野は不穏な空気を感じた。

「メンバーはどうしますか。」平野は暗い声を絞り出した。

「そんなもん、社外役員の皆様にお願いするに決まっているやろうが。社内の取締役がやってたらあかんやろ。しっかり調査してもらって、責任の所在を明らかにしてもらわな。もう、指示は出してあるわ。」

 完全に平野は外された形で第三者委員会の立ち上げが決まっていた。そう、平野も調査対象だということだ。

(続く)

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