夢幻の未来

オリーブドラブ

夢幻の未来

「まおうめ。ゆめのせかいから、おひめさまをかえせ!」

「ふははは!」


 わるいゆめのせかいに、おひめさまをとじこめてしまったまおう。ゆうかんなしょうねんは、ひとふりのつるぎをかかげて、まおうにたちむかいます。


「えいっ!」

「わーっ! やられた!」


 ながいながいたたかいはつづきました。でもさいごは、かならずせいぎがかつのです。

 ちいさなゆうしゃはついに、まおうをうちたおすのでした。


「やったあ! これでおひめさまが、わるいゆめからさめるぞ!」

「ゆうしゃさま、わたしはめざめました! ありがとう!」


 そして、おひめさまはゆめのせかいからかえってきました。わるいゆめは、もうおしまい。これからは、たのしいまいにちがまっているのです。

 さあ、こんどはきみのばん。きみがわるいゆめからさめて、あかるくまいにちをがんばるのです――。


 ◇


「……魔王め」


 夢の世界は、簡単に終わりを告げる。何度逃げ出しても、忌々しい現実はこうして帰ってくるのだ。

 少年は胸に抱いた絵本の感触を確かめ、気だるげに身を起こす。布団がどかされ、細い体が外気に触れる瞬間――その意識は心地良い微睡みの中から、無情な現実へと引きずり出されてしまった。


 窓辺に差し込む光が朝の到来を告げ、外から聞こえてくる子供達のはしゃぎ声が、「日常」に戻れと煽っているかのようだ。

 少年は、眼に映るこの世界リアルが――嫌いなのである。


 生まれながらに病弱な彼は、学校に行く度にいじめられ、からかわれ、自尊心を傷付けられる日々を過ごしている。そんな世界と、そこにいる自分が、少年は何よりも嫌いだったのだ。

 そして嫌いだから、夢幻の世界バーチャルに浸れる眠りのひと時を、至福としているのである。自分の理想そのものと言っていい、異世界冒険譚の絵本を抱きながら。


 強く勇敢で、皆に愛される主人公じぶん。それこそが、少年が思い描く在るべき「自分」なのだ。


「……簡単に負けやがって。醒めちまっただろうが」


 しかし、不満もある。姫君を夢の世界に閉じ込めた魔王は、簡単に勇者に負けてしまうのだ。絵本の中ですら、夢はすぐに醒めてしまう。


「……醒めなきゃいいんだ。夢なんて」


 決して醒めることなく、半永久的に体感できる夢幻の世界。それは、少年が少年でいられる時代においては、誰もが笑う絵空事に過ぎなかった。


 だが、空想の産物に過ぎない願望を。彼は、半世紀という年月を経て――遂に実現したのである。


 彼自身の理想と空想に始まる、夢のような現実バーチャルリアリティを。


 ◇


「なぁ、聞いたか? あの爺さん、また今度新しいVRMMO作る気なんだってよ」

「マジで? こないだ新作出したばっかじゃん。ウチの開発チームでも大絶賛だったヤツ」

「あぁー……なんかアレ、爺さん的にはイマイチなんだってさ。主人公が唯一無二の勇者じゃないのが、気に食わないとかなんとか」

「いや……オフラインのRPGじゃねぇんだから。無茶言うなっての。今時、オンライン要素のないVRゲームなんて需要ねぇんだし」

「こないだ出してた完全オフラインの企画、ボツにされたらしいしな。ウチの会社は儲かるからいいんだけど、一体何作出せば気が済むんだろうなぁ……あの爺さん」

「そういやさ。あの爺さん、いつも開発資料と一緒に……なんだっけ。やけに古びた絵本? みたいなの持ち歩いてるよな」

「あぁー……あれね。確か俺らが子供の頃から……いや、もっと前からあるヤツじゃなかったっけ。たしか題名タイトルは――」

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