第21話 慢心

 夏休みも終わりに近づいていた。

 しかし、多駆郎絡みの不安な事件によって何もせずに終わろうとしている。

 高校最後の夏休みだというのに。

 そんな夏休みを過ごしているのが早貴。

 自室に向けて階段を上がっている所だった。

 携帯が鳴っているのが聞こえる。


「あ、はいはい」


 その声が相手に聞こえるわけではないが、つい言ってしまう。


「タクだ! もしもし」

『もしもし、こんばんは』


 デスク前の椅子に座る。


「もしかして、行っても大丈夫になった?」

『それが……』


 多駆郎は今回の事件についての経緯を話した。


「そんなことに……じゃあ、助手さんはもう来ないの?」

『この件に関係無ければまだ来ると思う。今は開発が済んだところだから休暇中なんだ』

「仕事は一段落したんだね。そっちに行くことはできないの?」

『確認をとってみるよ。それを確認してから連絡すれば良かったね』


 少々慌てていたこともあったのだろう。

 確かに早貴への不安を取り除くには、多駆郎の家に行けるかどうかで決まる。

 それ故、早貴は毎回多駆郎の家に行けるかどうかを確認している。


「でも、タクが無事そうで良かった。それだけでも安心するよ」

『まあ盗まれはしたけど会社のモノだし、自分の物は無事だから』

「なんかせっかく作ったものを取られるのって悔しいね」

『うーん。喜んで欲しい人とは違うっていうところが嫌なぐらいかな。開発はまた新しいものを作れば、もっと良いものになるし』

「タクは凄いね。そういう前向きな所が勉強になるの」


 最近会えない続きである幼馴染。

 会話が随分弾んだ。



 ◇



「浜砂が情報を掴んで、それを貝塚に渡したらしい。やられたよ」

「そうなのか。おやじからの指示だったから安心しちまっていたな」


 木ノ崎は、父親から事の経緯を伝えられていた。

 眉間に皺を寄せ、複雑な表情。


「俺も貝塚から振られた話だったからな。会社としてかと思いきや、まさかあいつ自身の名前で発表されるとは思わなかった。まんまと騙されたわけだ。貝塚派が出来上がっていたようだな」


「そっちも珍しく慢心していたのか? おやじらしくねえじゃんよ。敵を作っていたなんて、いよいよ歳か?」

「お前に引き継ぐ前に動かれた……慢心だったのかもしれんな。一番近くにいたあいつの企みに気づかなかったぐらいにな」


 ため息が双方向で流れた。

 親子でため息という、なんとも気分の悪い状況だ。


「亮太のことも社内外で随分と言われているようだ。女を引き離すなんて必要の無いことだったらしい。ただお前の悪評を作るためだけの指示なんだと」

「くっそ! 情けねえな」

「二人共蹴落とされたわけだ。こっちも信頼できる連中が抑え込むように動き始めちゃあいるが、たぶんどうにもできんだろう。いよいよ終わりだな」


 木ノ崎家が引きずりおろされる結末。

 おまけに恥も上乗せさせられる事態となっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る