第18話 コーンスープと食パン

「コーンスープを少し付けて食べるのが好きなんですよ」

「その食べ方、外食ではしづらいですね」


 多駆郎が食パンをちぎり、コーンスープを付けて食べていた。

 朝食を作った浜砂は、それを目の前で見せられている。

 そして口から出た言葉がそれ。


「外で食事をすることが無いからなあ」

「そうなんですか?」


 朝食のメニューはホットサンド。

 浜砂はフォークとナイフを使い、スマートに食べている。

 冷蔵庫の横にあるワゴンが食パンの常駐場所。

 多駆郎はそこからわざわざ食卓へ持ってきたのだ。

 ホットサンドがあるにもかかわらず。

 そのため、浜砂は怪訝な面持ちをしつつ会話をしている。


「ココか二階の部屋、それ以外だと研究所ぐらい……」


 それを聞いて表情が柔らかくなる浜砂。

 まったく、とでも言いたそうだ。


「それなら周りを気にせず食べられますね。なんだか納得しちゃった」


 クスクスと笑い出す。

 ホットサンドに手を付けず、スープ付けパンを食べている多駆郎。

 おいしそうに食べていたが、笑い声を聞くなり手を止める。


「何か、面白い事が?」

「ええ、少し。……少しだけね」


 首をひねりつつも、動きを再開しようとした多駆郎。

 口を開けてパンを持っていこうとしたが、再度動きを止めた。


「あ。作ってもらったのにすみません」


 動きを止めたままカンペを読み上げるように謝罪した。


「ええ? 今ですか。食べ始めから手を付けてもらえないなあって、思っていましたよ」


 わざといじけたような素振りをして見せる浜砂。

 食卓の端に合わせていた目線を多駆郎へと向ける。

 多駆郎には上目遣いとして見えているはずだ。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて食パンをホットサンドの横に置く。

 斜に切られたホットサンドを即座につまんだ。


「あはは。あと一口ぐらい食べちゃってくださいな。今更ですよ」


 ホットサンドにかぶりつこうと口を大きく開けたところでストップ。

 ゆっくりとホットサンドを下ろして皿の上へ。


「そ、そうですね。では食べちゃいます」


 急いで残りの食パンを頬張る。

 満足そうな顔をしながら、ゴクリという音が聞こえそうな飲み込みをした。


「本当に好きなんですね」

「コーンスープがある時は必ず食べているので、つい……すみません」

「別に責めてはいませんよ。好きなのねって思っただけです」

「はあ……すみません」

「だから、責めてませんってば。でも、次は私のを食べてくださいね」

「も、もちろん食べさせていただきます」


 真剣な表情で食べ始める多駆郎。

 それを見ながら笑っている浜砂。

 どれくらいぶりだろうか。

 この家では久しく無かった明るい雰囲気に包まれる。

 もぐもぐと食べながら、多駆郎もパンに挟まれたソースと一緒に笑みを零した。


「凄く美味しいじゃないですか! ごちそうさまでした」

「そうですよ。美味しく作ったから食べて欲しかったんです」


 二度三度と座ったままお辞儀をする。

 そんな多駆郎を見せられて、浜砂の笑いは続けられた。


「面白い人ですね。今回は良かったかな」

「え? 何か言いました?」

「いえいえ。何でもありません」


 これまで彼女がこなしてきた仕事。

 それを振り返ることで出てしまった言葉なのかもしれない。


「今日は開発の方を始めようと思うんですけど」

「また唐突ですね。ようやく開発助手になれるんですね」

「そんな大げさなものではないですよ。ただ――――」


 多駆郎は開発用の機材へ目線を向けることで伝える。


「あいつらのメンテからやらないと」

「メンテ、ですか?」

「開発どころじゃなかったから、久しぶりなんですよ」


 見渡したのと同じように機材へ手を向け、端から端まで腕を振る。


「当然あいつらも動いていなかったわけで。全部起動チェックしないと」

「それも大事な作業でしょう。気にせず指示してください」

「助かります」


 食べ終わった食器類を片付けようと浜砂が立ち上がる。

 多駆郎も珍しく食器をもってシンクへと運んだ。

 運んだだけだが。


「そうそう。研究所の方から白衣の替えを二着持ってきましたので」

「なんだか申し訳ないですね」

「気にしないでくださいよ。所からの指示ですし」

「そうでした。自分が指示しているような錯覚をしていたな」

「それで謝ってばかりだったのですか。瀬田さんはどっしり構えていればいいんですよ」

「別に偉い人じゃないんですから。ただの大学生ですよ?」

「ただの大学生が研究所の研究開発に携わるなんて、そうそう無いですよ」

「はあ……」


 頭をポリポリと掻く。

 困るとする癖だ。

 ある意味、多駆郎の状態が良いとも言える。


「片付けが終わったらまずはミーティングをしましょう」

「はい」

「ざっくりでもどんな流れかを話しておかないと検討がつかないでしょうから」

「助かります」


 ようやく瀬田家での開発が始まろうとしている。

 と同時に浜砂の仕事も。

 そして、馴染みの無かった二人の間は会う回数のマジックにより、近づいていた。

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