月の声が聴きたくて~恋心下暗し~
沢鴨ゆうま
第一章
第1話 最悪のクリスマス
「
「な~に?」
「別れよう」
「え? 聞こえないよ」
「別れようって言ったんだ」
彼氏は聞き返した言葉に容赦なく突き刺してきた。
喉につかえてうまく言葉が出てこない。
せめて理由を。
理由を聞きたいと表情で問う。
でも、それでは伝わらない。
吐き気にも似たその言葉を絞り出す。
「どうして?」
クリスマスツリーを眼下に見下ろすモールの連絡通路。
その手すりに両肘を乗せて彼が答える。
「お前さあ、料理得意じゃん?」
「得意って程でもないけど」
「いや、相当上手いよ」
早貴は首を傾げる。
「ありがとう……」
「俺ってさ、どうも家庭的っての? そういうの苦手みたいなんだ」
話が掴めず黙って聞く早貴。
「ギャル感がある方が好きみたい」
「じ、じゃあなんでアタシと付き合ったの?」
「お前綺麗じゃん。まずそれだったかな」
「綺麗だと思ってくれているなら」
早貴の言葉に被せるように彼は話を続けた。
「それだけじゃ付き合えないんだなってさ」
「それだけ?」
「う~ん、お前完璧なんだよ」
ただ立ち尽くすしかない。
どれだけ彼の言葉を聞いても理解できない。
「どっか抜けててさ、俺と趣味も合ってさ」
早貴の目から熱いものが一筋流れる。
「俺がしゃあねえなって手を貸せる子がいいなと思ったわけ」
彼は手すりから離れて早貴の前に立つ。
「だから別れよう、な?」
そのまま踵を返し、去っていこうとする彼。
「……ち、ちょっと、そんなにあっさりと、急にお別れなの?」
後ろを振り返り、彼は答えた。
「は? これ以外に話すことある?」
ショルダーバッグが肩から外れて足元に落ちる。
周りの楽し気な話し声やクリスマスソング。
聞こえてくるもの全てが自分を嘲笑っているように感じられる。
堪えられずしゃがみ込んで泣き崩れた。
◇ ◇ ◇
ショルダーバッグを引きずるようにぐったりとして歩く。
駅を降りて踏切、そして信号を渡る。
いつもの見慣れた家路。
そして何度も通った茂みに囲まれている道が見えた。
自然に足は茂みの方へ向かう。
涙が止まらない。
とある家にたどり着き、インターホンを押す。
『はい、どなた?』
「早貴、です」
インターホンのモニターには、幼馴染が映っていた。
月の光を浴びて、真っ赤な上に涙で濡れた顔がぼんやり浮かび上がっている。
『すぐ降りていくから』
ドタバタと階段を下りてくる音がして玄関ドアが開いた。
「早貴ちゃんどうした!」
「タク、アタシ振られちゃった」
そのままタクと呼ばれた男の胸に顔を埋める早貴。
服を両手で鷲掴みすると、涙は滝の様に流れ出す。
「なんで、なんで急に別れるの……」
これまでにタクは早貴の別れ話を何度か聞かされている。
しかし、今回程に泣きじゃくるようなことはなかった。
大抵は悪態をついて大声でも出せばすぐに気は静まっていたのだ。
どうすればよいのか少々困惑してしまう。
そして辿り着いた答えを実践することにした。
「思いっきり泣きな。泣いて忘れろ。嫌なことは必要ない」
早貴は心が納得するまで泣き続けた。
ようやく泣き声が小さくなってきた頃。
タクは早貴の肩を掴み顔が見える程度に胸元から離していく。
「家に入ってお茶でも飲もうよ」
コクリと頷いた早貴の背中に軽く手を当て、家の中へと入らせた。
いつものように二階へ上がる。
タクが基礎生活をしている部屋だ。
中にはアナログから最新に至る様々な機器が所狭しと積まれている。
それらに囲まれたパソコンのモニター前には座椅子。
タクは座椅子の横に座布団を一つ置き、早貴に座るよう合図をした。
「この家自慢のペットボトルティーを出すから」
座布団にちょこんと座った早貴は、クスッと笑った。
「それは自慢しないでよ」
「いやあ、自慢だよ。ここでの飲み物はこれしか出てこないんだから」
お茶を注いだコップをちゃぶ台に運ぶ。
「貴重なお茶をどうぞ。家主のオススメです」
「あはは、他に何もないのに。オススメされてもなあ」
「オレが用意しているっていう点も分かって欲しいなあ」
「それはレアだけどさ~、相変わらず問題有りな家だよね~」
タクは出来るだけいつも通りに接することで、早貴の調子を取り戻させていた。
「ささ、ぐいっと飲んで」
「お酒みたい。アタシはおじさんじゃないぞ?」
「オレだっておじさんではないよ。でも飲み物飲むときっておじさんの真似すると美味しいことない?」
「ああ、それわかる気がする。お風呂で極楽極楽~とか」
馴染みの人と部屋。
匂いと座布団の感触。
早貴が一番落ち着く場所。
自然と泣きたくなる気持ちは消えていた。
「タク、星のさ……」
「聴くかい?」
「うん」
タクの趣味である天体観測。
少々マニアックな観測だが、それを刷り込まれてきた早貴。
知らず知らずのうちに無くてはならない事となっている。
早貴はそのまま真後ろを向き、タクは座椅子へと移動する。
タクが各機器を操作してモニターを見つめる。
「部屋の電気消すね」
「ああ、いいよ」
モニターの明かりだけにして音を聞く。
その方が夜空を実感できるからだ。
「それじゃ、流すよ」
スピーカーのボリュームを適度に上げて音を出す。
ノイズ音の中で時々ポーンと音がする。
「ちょうど、こぐま座流星群の時期だから聴くことができたね」
「そうだったね。冬休みに入ると聴きに来ているもんね」
タクが毛布を持ってきて早貴の膝に掛けてあげる。
「タクも寒いでしょ? はい」
タクも膝に掛けてもらう。
「ありがとね。こんな時でもいつものタクでいてくれて」
「オレは好きな事しかできない。ってことはいつも、いつも通りだからなあ」
「ふふ。タクらしいね」
その言葉を最後に、部屋の中はノイズと電子音のみに包まれる。
早貴が眠りの扉を開くからだ。
目を閉じながらゆっくりと頭を傾け、タクの肩に乗せる。
「なんとか落ち着けたみたいだ。今回は余程酷かったんだな」
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