第14話 朗報なのに悲報なり

 日向中学校の校門を出た香菜と透。

 既に事情を知っている生徒達に様々な反応をされながらの下校中であった。

 透は、香菜を呼び出してから廊下を二人で歩いた時に感じた『香菜と歩く』事の影響力の強さを体験した。

 そして今は校舎内の狭い空間で数人ずつから浴びせられる目線と、屋外という隠れられない状況下での多量目線一点集中攻撃との差を思い知らされていた。


「どしたの、透?」


 そんな透とは真逆の香菜。

 香菜はこれまで散々注目されてきている。

 登校中から授業中、部活動や体育祭などの各行事等どんな時でも、自分が動けばその度に大勢の視線を浴びてきた。

 初めはそんな香菜を妬んだ女子などに嫌がらせをされそうになったこともある。

 その度に真由と由芽がことごとく排除や鎮圧してくれたので嫌がらせをする生徒はいなくなった。

 それどころか、その真由と由芽も人気のある二人だ。

 三人に悪さをしようとする女子は男子に嫌われる対象となってしまうため、三人のことは触れずにいようという暗黙の了解が出来上がっていた。


「香菜はやっぱり平気なんだな。オレはこの状況、圧が強すぎて流石にどう対処したらいいかわっかんねえ」

「ああ。私は気にしてたら楽しくないから気にしないよ。気にしている人たちは私を見ることで楽しんじゃってたり、色んなこと思ってたりするんだろうけど、私に関係ないから。――――でもそう思うようになるまでは色々あったからだけど、透は今日が初めてだもんね。わかった! 今日でいきなり克服しちゃお!」


 そう言って何をするかと思えば、そのまま透の右腕を抱きかかえるようにしてベッタリとくっついて歩くようにした。


「マジか! ちょ、すっごく変な汗が出てきてる。ベタベタになっちまうよ?」

「ベタベタはバスケで慣れてるから平気。私は付き合うっていうのはそんなの気にしなくていいのかと思ったけど、違うのかな?」


 透より十一センチ背が低い香菜が、上目遣いで透の顔を見ながら聞いている。

 これにはどんな男子もやられてしまうであろう表情を見せつける香菜。


「わかったよ。もうどうにでもなれだ! オレは香菜と付き合ってんだ。香菜が嫌じゃないなら思いっきり楽しんでやるよ!」


 それを聞いた香菜は満足気なニコニコ顔をしている。


「香菜、右腕が寂しくなって嫉妬するかもしれないんだけど、オレの左側に来な。どうも香菜が車道側ってのが気に入らない」

「わかった」


 香菜は言われた通りに透の左側に移動して、改めて腕に抱き着く。


「ありがと。この前もそうやって気にしてくれたよね。そういうとこ好き」


 開き直ったはずだが体は正直なもので、赤面は元に戻らない。


「こうやってさ、一つずつ近づいていこう。そうしたら私たちはもちろんだけど、周りの人だって当たり前になるはずだから。私も付き合うってことの何かがわかるかも知れない」

「もう充分に近づいている、というかくっついているけどな」


 二人は笑い合いながら歩き続け、視線を浴びせる連中に入る隙を与えなくなっていた。


「このまま川でも行ってみようかと思ったけど、オレは気持ちが高ぶり過ぎちゃってるから肝心な護衛ができないような気がするんだよね。惜しい気持ちもあるんだけど、付き合い初日記念ってことで無事に香菜を家に送るってことでいいかな?」

「うん。だって、これからいつでもこんな風にできるんでしょ? おねぇちゃんから学んだことの一つ、焦って一回に詰め込み過ぎると破裂しちゃうの。考え込むのは私好きじゃないし。楽しいことだけ気にしようね? せっかく付き合ってるのにおねぇちゃんが何に焦ってるのかわからなかったな~」

「そうやって自分の考えとか気持ちを全部言ってくれるのうれしいな。オレもそれを聞いたら何かもわからない焦りがアホらしくなってきたよ。オレも思ったそのままを香菜に言うね」

「うん。言われて嫌なら嫌、良いなら良いでいいんだよ。私ははっきりしているのが好き」


 五代家への分岐点も過ぎ、もう少しで綿志賀家に差し掛かろうという場所で透は足を止めた。


「香菜、ここまで腕組んで歩いてきてさ、その、ちゃんとギュっと抱きしめてみたいと思っているんだけど、どう?」


 香菜が透の腕から離れて二人は正面で向き合う。


「いいよ、してみよ~」


 香菜の答えを合図に透が香菜を抱きしめた。

 それに答えるように香菜も両腕で透の背中を自分へ引き寄せる。


「やばい、めっちゃ幸せ感じる。いや、この感じが幸せというのかな? なんかどう言ったらいいのかわからないけど、やめたくない感じ」

「どうなるのか私もわからなかったけど、お母さんやおねぇちゃんとした時とは違う感じで安心する。不思議だな~」

「大丈夫? 苦しくない? オレは今正直に言うと香菜ってこんな感じだったんだとか、匂いとか全部楽しんじゃってる」

「臭くない? 臭いと嫌だな~」

「逆! すごくいい匂い。なんかこんなこと言ってていいのかな。抱き着いてるのも心配になってきた」

「そういえば外だった。あはは、気にしてなかったよ。それじゃこれぐらいにしておく? お互いに嫌なことじゃなかったのがわかったし」


 二人は離れてお互いに目を合わす。


「今までの知り合いって感じなんかより、すっごく良いことがわかった。今日は答えてくれてほんとにありがとう。気持ちを伝えてからの方が香菜のことを好きだったのが実感できた」

「こちらこそ、私を拾ってくれてありがとうございます。気楽に仲良くしていこうね! よろしく、透!」


 透は香菜が家に入るのを見届けてから家路に就いた。

 その瞬間、例の不審者を思い出して周りを見回したが、今日は誰もいないようだ。

 ほっと胸をなでおろしつつ歩きを続けた。

 家に着いた透は、玄関にある姉の靴がいつもと違い整えられていないことが気になった。

 姉の靴を整えてから自分の靴も整える。

 リビングの方へ入っていき帰宅の報告をしようとしたが、一階に誰もいない。

 両親共働きのためどちらもまだ帰宅していない上に、いつもならリビングのソファー辺りでくつろいでいるはずの姉も見当たらない。


「ただいま~って言っても誰もいないな。姉ちゃんは部屋か」


 透は今日の出来事を報告するために、姉にはすぐに会いたかった。

 しかし、姉の様子がおかしいとなると、自分の報告の前にその理由を確かめたいと思っていた。

 二階に上がり、自室にいるであろう姉に向かって一声掛けてみる。


「姉ちゃん、ただいま~」


 少し大きめの声を出したので、聞こえていないということは無いはずだが、姉からの返答は無い。


「ヘッドホンでもしてるのかな」


 そう言って姉の部屋をノックしてみる。


「姉ちゃん? ただいま」


 ノックしたうえでもう一度ただいまを言ってみたが、やはり返事が無い。

 部屋から人の動く気配も感じない。


「姉ちゃん、入るよ」


 透はしっかりノックをした上でさらに入ると宣言してからドアを開けた。

 部屋の中は電気を点けずにベッドにもたれかかるようにして千代がぐったりしていた。


「姉ちゃん!? 大丈夫か? 高熱が出ているとかか?」


 姉がここまで来ても反応を返してこないので、風邪か何かの症状があるのか、暗い部屋でじっとしているなんてらしくない姉の傍に座った。

 熱の確認をしようとおでこを触ってみるが、至って平熱だ。


「姉ちゃん、寝ちまったのか? 寝るならちゃんとベッドに入った方がいいよ」

「透か、おかえり」

「大丈夫なのか? 色々と珍しいからびっくりしているんだけど、何かあった?」


 千代はその言葉にもう引いたはずの涙が零れそうになる。


「まあこの状況じゃ何もない、とは言えなよね。あたしも分かりやす過ぎたな」


 ベッドから離れ、透と向かい合った。


「良いとも悪いとも言えることがちょっとあってね、まあ多分、こんな状況になっているってことは、あんまり良くなかったことになるのかな」

「なんだよ、かえって気になるよ。どしたん?」

「ん~、ちょっと話すのが抵抗あるなあ。透なら、とは思うんだけど、今はまだ詳しく話せないかな」

「そうとうデリケートな話なんだね。じゃあ、言える時に教えてよ。暴走しちゃう前にちゃんとオレに全部話すんだよ? 吐き出して楽になって」


 千代は透の頭をクシャクシャと撫でた。


「で、オレからの報告があるんだけど」

「何かあった? 不審者出没?」

「いや、今日は見かけなかった。香菜ちゃんの件でさ、姉ちゃんに言われた通り家に送るって話をしたよ」

「お! それでそれで?」

「オレ勢いで告っちゃった」

「――――へ?」

「だから、告ったんだよ。不審者がいるみたいだから送るって話していたら、部活があったり無かったりだから送ってもらうのは嬉しいけど、申し訳ないって言うからさ、オレ、もう言っちゃえって思って告白したのさ。付き合えば申し訳ないとか無くなるだろうって。そしたら香菜ちゃんオーケーだってさ。なので、香菜ちゃんが彼女になりました」


 千代は目を丸くして固まっていたが、徐々に心に熱が入ってきて弟を褒めたたえた。


「よくやったね! おめでとう。香菜ちゃんは人気あるって透言ってたし、告白までは無理なのかなあって思ってたから、んー、めでたい! そっかあ、透と香菜ちゃんか。姉さんとしては理想の形だよ」


 本気で喜んでくれている姉を見て、透は先ほどの姉への心配も薄れていた。



 綿志賀家においても同様な報告がされようとしていた。


「ただいま~」


 透に送ってもらった後の香菜が、いつもと同じように帰宅後のルーチンをこなしてゆく。

 まずは自分の部屋へ荷物を置きがてら部屋着に着替える。

 改めて一階へ降りて手洗いうがい、顔もそのまま水のみで洗う。

 その後ようやくリビングへと入室。

 リビングでは、時子が取り込んだ洗濯物にアイロンがけをしているところだった。


「おかえり香菜。どうしたのキョロキョロして」

「おねぇちゃんって帰ってるよね? 部屋かな」

「そうよ。香菜より少し前に帰って来たから。何、話があるの?」

「うん、ちょっと、ね。部屋へ行ってみる」


 しようとしている話は、少なからず姉にも関係があることなので、まずは一報を入れておきたかった。

 早貴の部屋をノックすると中から気だるい声で返事があった。


「な~に~?」

「おねぇちゃん、入っていい?」

「香菜か。いいよ~」


 ドアを開けて香菜が入室すると、制服のままベッドで仰向けになっている早貴が目に入った。


「あれ? まだ制服着てるの? 帰ったのついさっき?」

「あ~、そんなに前じゃないけど、ちょっと考え事してたら着替え損ねてた」

「着替えてからそうしなよ。制服もシワになるしさ。ところでちょっと話があるんだけど――」


 顔だけ香菜のほうへ向けて早貴が尋ねる。


「何よ?」


 姉が寝ているベッド横での床に座り込み、今日のことを話し出す。


「おねぇちゃんにも関係してくるかなあと思ったから伝えておくね」

「回りくどいわね。なんなの?」

「今日ね、透……君に告白されました」


 早貴がこれまでの気だるさを全く感じない速さで体を起こした。


「え! そうなの!? あんたの返事は?」

「私なんかでよければって」


 早貴は安堵とも呆れともとれるようなため息をついた。


「そうなんだ……。透ちゃん、動いたのか。思ってたより早かったな~。それにあんたも答えたんだ。すぐその場で?」

「うん、そうだよ。透君ならよく知っているし、私はまだ付き合うってことがなんなのかわからないんだけど、とりあえず今までより仲良くしてみるところからやってみようかって」


 自分で額をペシペシと軽く叩きながら、早貴は香菜の話を聞いていた。


「中学三年でそこまで言うか。やっぱりあんたは侮れないねえ。でもね、お千代とも話していたんだけど、透ちゃんと香菜ならお似合いじゃないかって。特にお千代がね、透ちゃんとくっついてくれたらって言ってたのよ」

「お千代ねぇちゃんが? そうなんだ」

「ま、何にせよおめでとう。となると、学校大変なんじゃないの? アタシもよくわかんないけど、あんた人気が凄いって話だったから」

「それ、私もよくわからないから気にしないようにしてた。でも透君が気まずそうだったから、帰りは二人でくっついて歩いてね、気にしている人たちに見せてきたよ」

「はあ!? それ逆に透ちゃんが大変なんじゃないの?」

「なんかね、もうどうにでもなれ! って言ってた。それからはずっとくっついて家まで送ってくれたよ」

「あんたたち…………」


 早貴は額をドリブルするのをやめて両手で顔を洗う様に擦ってから髪の毛を上げて香菜の顔を見た。


「で、あんたはどこまで分かってやってた?」

「ん~、全部。私がみんなの注目を浴びているのは真由と由芽からも聞いているし、自分だってそりゃわかるよ。あれだけ色んな人に告白されるとか、真由と由芽が必死に私のガードしてくれるんだもん。そういうことに無関心ってことにしておいた方が無事なんだよ」

「うへぇ、やっぱり全部わかってたんだ。透ちゃんのことは?」

「付き合うってのがよくわからないのは本当なの。だけど、付き合うとしたらって考えると、ガードガチガチにされてから男子とは全然話したことが無かった中でもよく知っていた男子が透君。じゃあそれだけかってわけじゃなくて、透君は一緒にいたら凄くよくしてくれたし、変な感じ? ん~、なんか男子から出てる怖い感じ? なんて言ったらいいのかなあ、そういうのが全然なかったから仲良くなるなら透君だなあって思ってた」


 早貴は香菜に頭を下げながら言った。


「参りました。あんたは策士だねえ。アタシもあんたみたいにできていたら失敗は少なかったのかな」

「私はおねぇちゃんが教科書だから勉強できていただけだよ。おねぇちゃんのおかげです」

「なんか素直に喜べないな。反面教師扱いか。それでもいいや。仲良くしなよ」

「仲良くするために付き合うんじゃないかなあって思ったから、今までよりもっと仲良くするとこから始めようってことになっているよ~」

「あんたにはアタシから何も言うことないじゃん。完敗です」


 早貴は改めてベッドへ倒れこみ、ダイノジになった。

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