第9話 傷は癒えた?
校舎前のロータリーには、青空をバックに葉桜の枝を下からのアングルで撮った写真がラッピングされた葉桜高校送迎バスがずらりと並んでいた。
校舎から早くも重い荷物に負けそうになっている生徒を巻き込みながら、続々と緑色の生徒達が出てくる。
生徒は出来ることなら教材を学校に置いておきたいところだが、すぐに各教科で小テストをすると宣言されている上に、ゴールデンウィーク前には実力テストも待ち構えている。
テスト範囲をはっきりとは教えてもらえないため、小テストの内容から山を張って自力で教科書からテストに出されそうな所を考えなければならない。
まず教材を隅々まで目を通してもらおうという学校側の作戦だ。
その作戦が功を奏してか、葉桜高校の偏差値は中の上、特進コースは上の中に位置している。
またそれ故に夜桜大学の偏差値もそれなりのものとなっている。
「――お、重い」
小柄な奏が背負ったリュックにバックドロップを食らいそうになりながら、一歩一歩必死に歩いている。
「めっちゃ可哀そうに見えるんだけど、可愛いね、奏は。そういう可愛い子には手を貸してあげましょう」
綾が奏のリュック上部に付いているループを掴み、奏の姿勢が楽になる位置に持ち上げる。
「ありがとう、綾」
「何をいまさら~」
綾は奏の頬を空いている人差し指でつんつんする。
奏はこの流れに慣れているようで綾のそんな弄りには動じず、それよりきちんと歩くことに集中しているようだ。
背丈に差がある所為で奏が綾に遊んでもらっているようにしか見えない。
その光景を早貴と千代は微笑ましく眺めている。
送迎バス乗り場に到着したが、奏の状態ではバスの中を移動するのは大変だろうと奏にリュックを下ろさせて綾が代わりに持つことになった。
「さあ奏、乗って」
「うん」
続いてブレザーの左右ポケットに手を突っ込んでいる千代、最後に早貴が乗り込んだ。
三列目の席を四人が占め横一列で話が弾む。
「で、どこ行く?」
右側三列目の通路側に座った綾が、通路越しに早貴と千代へ話を振る
「とりあえず市駅まで行って、歩きながら適当に、でいいんじゃない?モールとかあるんだし」
「そうだね。それでいこう」
市駅まで行くにはバスの拠点である葉桜高校前駅でバスを降り、そこから電車で市駅まで五駅移動することになる。
小山の中腹にある学校から十分程坂を下ると葉桜高校前駅に着く。
駅前にはロータリーがあるが葉桜高校のバスだけでなく路線バスやタクシーも使用するため、駅の規模には不似合いな広さになっている。
四人がバスから降りて駅の改札へ向かうと、まだ一年生の一部が騒がしくしていた。
「それなりに良い学校だとは思うけど、あんなに騒ぐ程かなあ」
どうも早貴は一年生の騒ぎ方が不思議でしょうがないらしい。
綾と奏は、まだ言ってるよ、と目で話をしながらクスっと笑い合った。
「そりゃあ良い学校でしょうねえ」
綾もわざと含んだ言い方をしてみせる。
「もう、なんで教えてくれないのかな。意地悪だ」
普段電車通学をしていない四人。
その中で早貴と千代は市駅へはたまに買い物で出向いている。
そのためにぎこちないまでではなく駅まで来れば体が思い出すようだ。
切符売り場では奏と綾の分も入れて四人分をまとめて切符を買い、改札を通ってホームへ入る。
駅の独特な空気が四人を包む。
よく知っているものでも日常的に触れていないものであれば動きがぎこちなくなるものだ。
どこに居ればいいのか、周りを見回したり、ドア番号を妙に気にしたりして落ち着かない。
「立っててもいいけどさ、ちょうど空いてるから座る?」
落ち着かない奏と綾を気遣ってか早貴が壁際に並ぶ四人掛けのイスを指差し、提案してみる。
「そうしよっか。なんかホームって、ボーっとしちゃわない? 座った方がいいかも」
綾もそれには賛成という物言いで、片手に奏の荷物を持ったまま両手を広げて三人をまとめて抱え込むようにし、イスへ行くように誘った。
「いつも市内へ行くときは車で送ってもらってるから、ホームに入ったら妙に緊張してるわ。なんかさ、電車って慣れてる人じゃないと見慣れない顔だな、みたいに目線を浴びたりするでしょ? 被害妄想かもだけど」
「私もそうですね。綾といっしょにどちらかの親に車で送ってもらうから。電車に乗ってる人達は自分と違う世界で生きてる人、ぐらいに思えたり。だから必死に、いつも乗ってます! みたいな仕草をしようとして、乗ってる人の真似をしてみたりするんですよね」
あるある、と早貴と千代も同意する。
「大抵は携帯電話かプレイヤーいじりに落ち着くんだけどね。実際、乗ってる人たちもほとんど携帯見てるし」
開発が予定より大幅に滞ったまま褪せてしまった、元新興住宅地住まいの子たちの素朴なやりとりが盛り上がっているところへ単線に設置されている駅に列車が入構する。
三両編成で車両の下側から上に向かってオレンジから青へのグラデーションカラーな車両のドアが開いて、四人は乗り込んでいった。
◇
電車は三十分弱かかって、
四人からすると自宅から最寄りの市街地はこの月の宮市になるので、市駅というとこの町を指す。
駅前には交通量の多い三車線の幹線道路を挟むようにして、商業施設とオフィスビルがずらりと並んでいる。
その中でもひと際大きなショッピングモールへと四人は足を運ぶ。
様々な店を冷やかしまくった挙句、喉も乾いてお腹も減ってきたということで、パンケーキが人気なカフェに入ることにした。
注文も済み、焼きあがるまでに時間がかかるということもあって、一息ついた四人だったが、綾によって話の幕が切って落とされた。
「ところで早貴ちゃん、もう傷は癒えたの?」
早貴に直球で恋バナを聞ける綾が見事にど真ん中へ投げて来た。
奏は心配そうな顔になり、千代は案の定聞いてきたかというような顔をしている。
「あ~、まあね。クリスマスだからって妙にテンション上げちゃってたから、なんでこんな日に別れ話なのよって、その前のことも色々思い出しちゃって、自分が思ってるより、気持ちはやられてたみたい」
早貴はテーブルに片腕を伸ばして置き、それを枕にするようにして突っ伏す。
「他の高校の人だっけ? 陸上部が珍しく大会出た時だったよね」
「ほんと、幽霊部なら大会なんか出なきゃよかったのよ。練習もろくにできてなかったから結果も良くなかったし」
早貴の向かいに座っている奏が、早貴の枕にされている右手の指がちょこちょこ動くのが気になって掴んで遊びだした。
綾はもっと詳しく教えてと言わんばかりに、テーブルに両腕を乗せながら早貴に向けて顔を寄せる。
「料理できるとなんで振られるの? 電話したりチャットしたりってダメなの? 彼女ってどう立ち回ればいいのよ」
「え!? そんな理由だったの? 理由までは知らなかったから早貴ちゃんが振られるなんてどういうこと? って思ってたけど」
「その前の連中は告ってきておいてみんな一か月後には引っ越しちゃって自然消滅だし。アタシ考えてみたらさ、自分から告ってないんだよね、全員。実は好きでもなんでもなかったのかなあって。とりあえず恋絡みはお休みしようと思ってる」
綾が頭を抱えて早貴に言う。
「早貴ちゃんさあ、その話は私たちだけにしかしちゃダメだよ。もちろんしないとは思うけど。他の子が聞いたら何されるかわかったもんじゃない」
「なんで? もちろんこんな話を他の人にするわけないけど」
綾は両手を頭から顔に持っていき、パッと顔から離す。
「あのね、告られてるって時点で妬まれる案件なの。大抵はどうやって告ろうか悩むとこなのに、告ったことがなくて告られるばかりって、それはモテてるってことでしょ? 私たちは早貴ちゃんを妬んだりはしないけど、ってまあ、キレイなのは妬ましいけどさ、随分贅沢な話をしてるわよ」
「アタシはキレイじゃないよ。凄いのはみんなの方じゃん。凄く可愛いし、キレイだし」
「千代ちゃんこの娘、簀巻きにして河へ流してもいい?」
「あ~ん、気持ちはよ~くわかるけど、早貴がいないとあたしがつまんないから勘弁してあげて」
千代はまあまあという風に両掌を綾に向けて抑えるようにお願いする。
綾は腕組みをしながら眉間にシワを寄せてみる。
「この娘、天然か」
綾の横で早貴が猫じゃらしの様に動かしている指を掴んで遊び、にこにこしている奏を見る。
「そういや、奏も全くその気が無いから付き合ってはいないけど、告られてばっかりだったな」
話をニコニコしながら聞いている千代が両手でガラスコップを持ち、水を一口飲んで口を開く。
「やっと気づいた? 早貴は天然だよ。だからいきなり猛ダッシュするから誰かが一緒にいないと危なっかしいの。そんな早貴を見てるのが楽しいのもあって、あたしはずっと一緒にいるんだけどさ」
店員が様々なトッピングがされたパンケーキを届けにきて、一旦話は区切られることとなった。
パンケーキに集中するためである。
その後はまだ見ていないエリアを冷やかし、日も落ちてきつつあったので帰ることになった。
帰りの電車の中で全員リュックをそれぞれの前に置き、早貴は千代に、奏は綾に寄りかかって眠っていた。
夕日の差し込む列車の中は独特な雰囲気を醸し出す。
枠の中に入れられた広告の透明カバーに日差しが反射している。
架線の影が定期的に走り抜けていき、全てがほぼ同じ揺れ方をしている吊革の影が車内の壁に映っている。
千代は枕の特権で早貴の頭を撫でたり髪の毛をいじったり、いつものように早貴を堪能している。
綾も千代と同様に奏の頭を撫でたり寝顔を見つめていたりする。
「リュック、駅にでも預けて置けばよかったね」
千代がボソっとつぶやいた。
「これだけ重い荷物持ってあれだけ歩けば疲れるよね」
枕仲間の千代と綾はお互いにこの状況を楽しんでいるという笑顔を見せあった。
二人共それぞれの寝ている二人への気持ちは以前にカミングアウトしたことがあり、よくわかっている。
「はあ、こうしてると楽しいんだけど、切なくもなるね」
「越えてはいけない壁があるんだもんね。越えたら、消えて無くなってしまうだろうし。こういうのって、失恋より辛い気がする」
「でも、少しでも長くこんな時間が続くようにがんばろうね」
「うん」
千代と綾はそれぞれ空いている手を握り、コツンと合わせた。
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