第3話 親友で深友な心友
「ん、ん~。」
赤色の起毛仕立てで、ふわふわな感触。
猫のシルエットが散りばめられているパジャマを、少々乱れさせながらベッドの上で寝たまま伸びをする早貴。
いつもより深い眠りにつくことが出来たようで、目は閉じているが、満足気な表情だ。
時子が、春先だから難しいかもと言いながらネットで探し出してポチッた一品が、昨日夕方に届き、早速着てみた結果である。
なんとなく朝の雰囲気を感じて来て、何か忘れているような感覚に襲われる。
「いま……なんじ?」
早貴は、掛布団からベッドサイドに設置されている棚に置かれた携帯電話へ片手を伸ばす。
ぼやけた目で携帯電話の電源ボタンを探し、軽く押してみる。
バックライトが点灯し、夜空一面に星が瞬いている壁紙が映し出され、壁紙の上に表示されているデジタル時計が確認できた。
「えっ! いやいやいや――うそ」
早貴は慌てて上半身を起こす。
続いて充電器から携帯電話を抜き、さらに充電器をコンセントから抜く。
ベッドから降りて焦りつつも、充電器と携帯電話を机へ静かに置いた。
「とりあえず着替えなきゃ」
小ぶりなパイプハンガーに掛けられている制服一式に着替えだす。
パイプハンガーと並んで立っているスタンドミラーで、ざっくりと服装を確認し、一階へと降りていく。
キッチンから時子が朝食を用意している音が聞こえてきて、いつもの朝を感じる。
そして早貴もいつも通り、ダイニングの扉を開け、朝の挨拶。
「おはよう」
ダイニングに入ると、時子はもちろんのこと、香菜も冷蔵庫を開けてゴソゴソしていた。
「おはよう」
時子と香菜がハモるように返した。
「制服? 学校行くの?」
香菜が冷蔵庫から飲むヨーグルトのブルーベリー味を出し、マグカップに注ぎながら聞く。
「うん、バス通学の申込書、三月中に提出しなきゃだからさ。なのに寝坊しちゃった」
時子がマーガリン入りミニロールパンとスクランブルエッグをカウンターに並べる。
「バスが来るのって、七時半でしょ?そんなにおめかししなけりゃ余裕あるんじゃない?」
現在六時十五分。家からバス停までは徒歩で十分程。
朝食をとり、髪を整える程度の支度であれば余裕のはずである。
「そうなんだけど、七時にお
お千代。早貴にそう呼ばれているのは
「ああ、そういうこと。飲み物は何にする?」
早貴は時子に聞かれ、香菜が手にしている飲むヨーグルトへ目が行った。
香菜がそれに気づき、ヨーグルトのパックを持ち上げ、いる? と聞くような仕草をする。
「ん~、それも惹かれるけど、コーンスープにする」
はいはい、と時子は香菜にコーンスープのパックを取って、と手のひらを見せた。
香菜は飲むヨーグルトを飲みながらコーンスープの在りかへ手を伸ばし、一袋を取り出して時子に渡す。
早貴はカウンターに置かれたパンとスクランブルエッグを食卓へと運ぶ。
続いて出されたコーンスープを持ち、ヨーグルトを飲み干した香菜をジッと見た。
「お腹、痛くなるわよ」
香菜はマグカップを洗いながら答える。
「ジョギングしてきたから暑いんだもん。飲むヨーグルト、おいしいよ~」
早貴はその言葉に乗せられ、飲んだ時を想像しているように天井を見上げる。
「確かにおいしそうだけど」
その直後に身震いをさせて言う。
「やっぱり今は無理」
飲んでもないのにお腹をさすりながら席につき、急ぎ気味に朝食を食べる。
食べながら、風呂場へ向かう香菜に話しかける。
「香菜あんたさぁ、結構人気あるらしいじゃない」
肩に掛けているブランド名入りのスポーツタオルでヨーグルトの付いた口回りを拭きながら、香菜が振り返る。
「へ?」
香菜は何のことか心当たりを探すように、目を天井へやる。
「お千代から聞いたんだけど、学校じゃ学年も男女も関係なくよく話に名前が出てるって、
透は千代の弟で、香菜と同じ中学に通う二年生。
何かと香菜の状況を千代に話すらしい。
時々二人の仲を千代が冷やかすが「何もない」と言い張っているらしい。
「そうなのぉ? 私のこと話してるとこなんて見てないし、
いつも香菜といっしょにいる仲の良い友達だ。
「あんたならそういうの気づかないだろうね。突然告られる、とかあるかもよ~」
「おねぇちゃん、なんでも恋バナにしちゃうね。こじらせてるなぁ」
香菜は少々ジト目で早貴を見る。
「別に、ふつぅですぅ」
軽くツンっと鼻を上げる仕草をしながら早貴が返す。
すぐに表情を戻し、話の続きをする。
「まあさ、学校で話題になってるのは本当みたいだから、ジョギングの時とか、一応気を付けなよ」
姉からの忠告を真摯に受け止め、香菜は敬礼をしてみせる。
「了解でっす」
ニコっと笑顔を見せた後踵を返し、シャワーを浴びに風呂場へ向かった。
「さ、急がないと。お千代に怒られちゃう」
食べ終わった食器をカウンターに置き、時子にごめんなさいポーズを軽くして自室へ荷物を取りに行く。
ドタバタとした音が階段と天井から聞こえるのと同時に、風呂場からは微かに鼻歌が聞こえてくるキッチン。
そこで洗い物のバトンを受け取った時子が、ニコニコ顔で食器を濯ぐ。
階段を駆け下りて来た早貴が、玄関前に向けてバッグをボウリングの如く廊下を滑らせる。
玄関の段差手前で止まったことを確認し、軽くガッツポーズ。
そのまま洗面所へ入り、身だしなみをざっくり整えて玄関へ向かう。
「お母さん、行ってきま~す」
「は~い」
早貴は玄関でローファーに足を滑り込ませる。
毎度靴の踵に「ごめんなさい」と謝るが、しっかりと踏みつぶす。
靴ベラで潰れた踵を起こして自分の踵を収める。
バッグを肩に掛け、玄関を飛び出して行った。
時間は六時五十分。
走りかけた早貴だが、腕時計を確認して駆け足を緩めた。
「これなら間に合うわ」
と言いつつ、全速力を早歩きに速度を落としただけで気持ちの焦りに変わりはない。
バスの発車時間には余裕がある。
しかし遅刻した人はペナルティを課せられるという約束をしているため、急ぐのだ。
早貴の家から駅前の交差点までは下り坂。
普通に歩こうとしても、誰しもが自然と早歩き気味になる。
それよりも気持ち早めに歩いていた早貴だが、立ち並ぶ戸建ての前に駐車している車の横で立ち止まった。
車の窓ガラスを鏡替わりにして、前髪をいじる。
次に畳んでいないドアミラーを覗き込む。
「口の周り、最近荒れるのよね。クリーム塗っているのになぁ」
及第点として自分に合格を出し、改めて早歩きを再開した。
交差点まで来ると、この時間でも車の交通量は多い。
駅を目指す人も目立ち始める。
道を挟んだ向かいにある日向駅が目に入るが、スクールバスのバス停へと目線を向ける。
すでに石垣を背に、右足をついて片足立ちをしながら携帯電話を操作している千代がいた。
「お千代、おはよう」
早貴が挨拶すると同時に、早貴の携帯電話がピロンと鳴った。
「あ、なんだぁ、間に合ったのか。勝利宣言を今送っちゃったよ。」
「やだなぁ、遅れませんよ、お千代殿との約束なんだから」
「その割に少々息が荒い気もするけど。んじゃ、早速例のモノを渡すよ」
千代は約束していた二人が好きなバンドのCDを、色違いでお揃いのボックス型リュックから出して早貴に渡した。
「ありがとう! お千代はもうプレイヤーに入れたんでしょ?」
「もちろんですよ。ちゃんとミニコンポで聞いてからね。相変わらず良い音出してまっせ」
「あ~、早く聞きたいな。久しぶりの新曲だもんね」
綿志賀家にはコンポが無い。
音楽を聴くには音楽プレイヤーかパソコンを使うしかない。
そのためCDを買いたいのは山々なのだが、持っている機器に取り込んだらCDの役目はジャケットを眺めるか、ライナーノーツを読むことだけになってしまう。
ファンとしてはそれでも持っていたい気持ちはある。
しかしお千代に貸してもらえるため、今は満足しているようだ。
お千代が聴かず、早貴が聴きたい楽曲についてはダウンロード購入をしているわけだ。
取り出したCDを早貴は渡され、ジャケットを見た第一印象は――
「あらま、また紙ジャケかぁ。アタシはプラケースが好きなんだけど」
「だよね。耐久性無いし、背表紙見にくいし、何より肝心のCDが出し入れしにくい!」
そうだそうだ、と盛り上がっている所へ、スクールバスが到着した。
エアーの音を出しながら前方の折り畳みドアが開く。
二人は話を中断してとりあえずバスに乗り込む。
「おはようございます」
運転手への挨拶も二年目になろうとしている。
そんなことを気にしているかはわからないが、にこやかな表情でおはようと運転手は挨拶を返した。
二人が座るのはいつも左側の前から三列目。千代が窓側で早貴が通路側。
この日は早貴達のように手続きのためか、いつもより席が空いている。
部活に参加するための子達しか乗っていないからなのか。
「まだ休み中だからか」
早貴がボソッと呟く。
二人が席に座り、乗る前の話が再開されるのを合図にバスは学校へと出発した。
バスは約四十五分かけて学校に到着し、各バスの指定駐車場所にバックで駐車する。
運転手から降車を促すアナウンスが流れ、生徒が順番に降りていく。
入学式に合わせて満開にさせようとミーティングでもしたかのように、桜が三分咲きになっていた。
部活の子達はほぼ毎日登校しているので淡々と部室へ向かって行く。
手続きに来た子達はわざと大げさに再会を喜び合う遊びをしていた。
早貴と千代は知り合いが見当たらないようで、事務室へと向かった。
「書面に不備は無かったので登録しておきますね。二人共ご苦労様」
事務員とのやりとりも終わり、バスへ戻る。
「なんだかなぁ、これだけのために片道小一時間かけて来なきゃいけないなんて」
早貴がつまらなそうにぼそっとつぶやく。
「登校日の代わりみたいだよ。休み中に一日は顔出せってことよ」
「じゃ、登校日でいいじゃん。内容が、こう、なんかさ、もうちょっとないの?」
「はは、出た。早貴のもっと来い発言」
二人で噴出し笑いをしながら休み期間中の臨時バスへと向かった。
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