【戦力】

「……とはいえ、オークどもだけでは、いささか心細いのだわ」


 ぼそり、と『淫魔』はつぶやく。


 徒党を組んだオークの群れは、恐るべき略奪者となる。だとしても、『淫魔』が一戦交えたかぎり、これからしとめようとする怪物は、それ以上の規格外だ。


「他に、良い追加戦力を調達できれば助かるのだけど……」


 頭を上に向けたまま、『淫魔』は腕組みする。この次元世界パラダイムは、規模が大きいわりに、人口が少なく、自然環境も荒れ放題だ。


 必然的に、戦力となりうる優秀な戦士と出会える可能性も低くなる。


「まったく、ここの管理者はなにをやっているんだか」


 愚痴をこぼす『淫魔』は、周囲にただよう悪臭が鼻につく。うまく避けたつもりだったが、オークの精液が少しばかりドレスにかかったようだ。


 同時に、げっぷと吐き気が胃袋から沸きあがってくる。『淫魔』にとってのオークの精は、カロリーこそあるが、臭いがきつく、脂身の肉塊のように胸焼けする。


「ああ、もう……本当に、救いようもなく、厄日だわ……」


 独りごちつつ空を見つめる『淫魔』の視界に、梢の狭間を横切る大きな影が見える。猛禽の類よりも、はるかに大きい。


「……そういえば。この次元世界パラダイムには、あいつらがいたのだわ」


 にやりと笑いつつ、『淫魔』は黒翼を広げる。ゆっくりと羽ばたかせながら、ホバリングの要領で浮揚する。


 高度が上がるにつれ、杉の枝と葉がひしめきあい、そのあいだに幾本もののツタが橋を架けている。強い緑の匂いが、オークの獣臭を忘れさせてくれる。


 杉の幹の裏側に隠れるように、巨大なクモの巣が張っている。人間の頭ほどのサイズもあるクモが、粘糸に引っかかったリスの血をしたたらせながら貪っている。


 枝葉とクモの巣をかわしながら、『淫魔』は樹冠に到達する。杉の枝に身を隠すようにしながら、開けた空の様子をうかがう。


 霞がかかり陽光も弱々しい薄暗い空を、我が物顔で飛翔しているのは、恐竜のように大柄な体躯を持ち、前腕が翼となった魔物──ワイバーンたちだった。


「好都合だわ」


 ワイバーンは知性の低い魔物だが、龍の血を引いていることは事実で、より上位のドラゴンの眷族であることも多い。その場合、近くにボスとなる龍の巣があるはずだ。


 小声でつぶやく『淫魔』は、ワイバーンの群れの動きを周囲の景色を観察する。翼竜たちが旋回する中心には、ドラゴンが寝床に好みそうな岩山がある。


「弱すぎず、強すぎない、ちょうどいい程度のドラゴンだとありがたいのだわ」


 都合の良いことを口にしながら、『淫魔』は苔むした地面へと降下する。少し遅れて、リスの亡骸と思しき血の付いた骨片が落ちてくる。


『淫魔』は、目測でドラゴンの巣らしき岩山へと獣道を歩き出す。漆黒の獣とオークどもが向かった方角とは、逆方向だった。

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