第150話 万歳三唱
「具体的な配置については、みなさんが持ち場に戻ってから指示があるはずです。総攻撃をかけて日本本土奪還を目指すのは、市長と市議会にも話してあって、決定事項です。まもなくです。まもなく、我々の悲願である日本本土奪還を成し遂げることができるのです。気持ちが高ぶらずにはいられません!」
俺にとっては、異世界旭川に来たと思ったら超展開の連続だ。気持ちが高ぶるとかどうとかよりも、気持ちがついて行けないよ。
「すぐに作戦開始なので、情報漏洩は無いとは思いますが、魔族、あるいは魔族のスパイと思われるような怪しい者に対しては作戦の概要を洩らさないよう、最新の注意を払っていただけるよう、お願いします」
……大須賀さん、よくその口で言えるよな。……というか、厳密に言うと、二股をかけているというか、両天秤というか。日本人が勝って日本国土を取り戻した時は自分が救国の英雄の座にちゃっかり収まって、もし失敗してしまった場合は魔族に情報を流した報酬として魔族に迎え入れてもらう、という保険を掛けているのだ。
恐らく本人的にも、日本の国土を取り戻す方が理想なのは間違いないだろう。だけど、それが失敗した時に全てを失うのではなく、魔族の社会の中でもちゃっかり生き残れるように布石を打っているということだ。
これだから、金持ちが考えることは泥のように汚くて卑怯だ。
「それでは、これを持ちまして、わたくし大須賀による説明会を終わらせていただきます。解散してそれぞれの持ち場に戻っていただく前に、我々日本人が本懐を果たして国土を取り戻す前途を祝して、万歳三唱を行いたいと思います。えー、みなさん、ご起立、お願いします」
なんだよ。忘年会のお開きの音頭かよ。とは思ったけど、周りの人々はみんなその場で立ち上がった。しょうがないから俺も立つ。
「その前に、バンザイの作法について説明させていただきます。みなさん、大抵バンザイをする時に、掌を前に向ける感じですると思います。ですがこれ、相手に対して降伏します、という意味なので、これから戦いに挑む景気づけとしては不適当です」
あれ?
その説、インターネットのどこかのサイトで見たことあるぞ。
確かそれ、デマだったような……
「正しいバンザイは、小学校の時に習った前習えをそのまま上に挙げたような形です。指を真っ直ぐ上に伸ばして、両手の掌は内側に向いてお互いに頭の上で向き合っているような格好になります。……よろしいですか?」
だからそれはデマだろう。
……でも、雰囲気でいうと、周囲の人々はその説を信じているようだ。
……というか、仮にデマだと思っても、あれだけ肩書きの並んでいる大須賀先生に対して異を唱えられるヤツなんて、この場には居なさそうだけど。
「よろしいですか……では参ります。我々日本人の国土回復の前途を祝して! 大日本帝国、バンザーイ!」
「バンザーイ!」
大須賀先生のバンザーイに唱和して会場全体がバンザーイと叫びながら両手を上に挙げた。
……おい、今、さりげなくさらっと、大日本帝国って言ったぞ? もしかして気づいていたの俺だけか?
俺は、大日本帝国の復活を目論むというあまりの時代錯誤ぶりに呆れてしまい、自分ではバンザイとも言わなかったし、両手も挙げなかった。
「バンザーイ!」
俺の都合には関係なく、大須賀先生は万歳を続ける。
「バンザーイ!」
会場も唱和する。俺は黙ったままその場に立ち尽くしている。
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」
誰から示し合わせがあったわけでもないが、会場全体から拍手が起こった。まるでハッピーエンドを迎えたかのような、幸福感が会場を支配する。
それなのに……
まるで、誰もが感動して泣くような大ヒット映画の大団円シーンで、映画館全体からすすり泣きの声が聞こえてくるというのに、俺一人だけが感動できずにポツンと取り残されているかのような孤独感、というよりも疎外感だ。
いや、別に疎外でもいいけどさ。あんな大須賀さんなんかに同調したくないし。そもそも俺はこっちの旭川の人間じゃないしな、元はといえば。
俺の左隣の若い美人も、その更に左隣のいけ好かないイケメンも、揃って万歳をして、会場と共に一体感を味わっていたようだ。まあ、そうやってアジテーションの網に掛かった方が一般国民としては幸せなことも多いかもしれないな。
周りの人々は、順次、会場を出始めた。
うーん。プロ野球の試合なんかだったら、試合終了の後のヒーローインタビューまで聞いて行く人と、試合が終わった時点で席を立って家路につく人がいる。だから少しは人の動きがバラけるもんなんだけど。
でも今回のケースは、人々が帰り始めるのは一斉のタイミングになった。だから結局、後ろの方の席の人から先に出て行って、前の方の席の人はずっと順番を待つことになる。
俺は真ん中あたりだ。だから、やっぱり退出するまではそれなりの時間がかかるはずだ。
ひえぇぇぇぇー。
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