第97話 視聴率もそれ以外も取れるコメンテーター

「あ、正油チャーシュー麺でお願いします」


 俺はメニュー表を見もせずに大将に注文した。ラーメンの味の基本は当然、味噌、塩、醤油、なのだが、旭川では醤油のことを正油と表記することも多いのだ。それだけ正油にこだわったラーメンを作っているということだ。


 そんなことよりテレビのニュースだ。


「この番組は、ご覧のスポンサーでお送りいたします」


 という音声とともに、テロップが出た。よく見てみると全部旭川市内にある企業じゃないか。


 自治体単位で都市艦、ということは、他の市町村との横の繋がりが希薄になってしまうのはやむを得ないだろう。だから旭川市内だけで自給自足的というか、自己完結というか、そういう感じにならざるを得ないんじゃないかな。


 テレビ局も、日本全国ネットとかではなく、旭川市内だけで完結しているようだ。


 CMが流れる。旭川市内にある水産加工会社の珍味の宣伝だ。酒の肴に旨そうだな……とは思うが、これを見ているのは旭川市民だけなので、旭川市外という意味での外貨は獲得できないよな。そもそも観光客自体、都市艦という立地だと、まず来ないだろうし。


 ……それじゃ、せっかく世界的に知名度があって外国からも集客力のある旭山動物園なんか、こっちの旭川に存在するのかどうかも疑問だけど、仮に存在したとしても、市内からしか客が来ないんじゃ、大昔の不人気動物園時代に逆戻りなんじゃないかな。


 そんなことを考えているうちに、CMが終わってニュースが始まった。


 再び、見慣れた校舎の一部から白い煙が朦々と立ち上っている映像が流れる。


 その映像を背景にして、スタジオでキャスターとコメンテーターがやりとりをしている。この二人も旭川市内から来ているってことか。


「今回の火災は、従業員の証言から、爆発だったと分かっています。地下製麺工場で起きたことから、原因は恐らく小麦粉による粉塵爆発ではないかと推測されています」


 なんと。中二病御用達ワードをここで聞くことになろうとは!


「でも、大須賀先生、製麺工場ですから、大量に小麦粉を扱っているのは理解できるのですが、そういうところでは、粉塵爆発が起きたりしないよう、安全管理をしているのではないでしょうか? 製麺工場で小麦粉を使っているから、というだけで粉塵爆発が起きるなら、世の中にたくさんあるパン工場なんかでも頻繁に粉塵爆発が起こることが考えられるのですが」


 キャスターが、コメンテーターの大須賀先生という年配の人に質問を投げかけた。これは、俺も疑問に思っていたことだ。視聴者が抱くであろう当然の疑問を解消しようと試みる、ナイスな質問だといえる。


 カメラを振られた大須賀先生が大きく頷いた。このオッサン、頭髪と額の境目がなんか変だぞ。カツラじゃないのかな。


「はい。仰る通りです。どの工場でも、安全管理はきちんと行っています。ですから、普通に麺を製造している中では粉塵爆発など起こりません。しかし今回は起こってしまった。それはつまり、人為的に、悪意を持った何者かが小麦粉を散乱させて、粉塵爆発を起こさせたのです」


「なるほど。本来起きるはずの無い爆発が起きた原因は、悪意ある者による攻撃以外は考えられないということですね」


「はい、そうです。そうなると、犯人は魔族であると考えるのが自然でしょう」


 カツラの大須賀コメンテーター、ほんとナチュラルに魔族に罪を押しつけたぞ。「爆発が起きた」という状況証拠だけしか無いのに。


 いいのかよ、これで。日本は法治国家じゃないのか。別に魔族とやらの肩を持ったり擁護したりするつもりは無いけどさ。いくら、自分の職場を破壊しやがった憎むべき犯人とはいえ、断定のプロセスが乱暴すぎるように、俺には思えるんだが。


「もちろん、魔族ではなく、製麺工場に対して恨みを持っている特定の人間による犯行である可能性も、完全に切り捨てるわけにはいかないでしょう。しかし、ここは陸地の日本の北海道ではなく、都市艦旭川の上です。艦の内部である地下製麺工場で爆発が起きれば、ヘタをすれば都市艦へのダメージが大きくなり、最悪の場合航行不能になったり、沈没したりという危険性があります。都市艦である以上、全ての建物は一蓮托生なのです。たとえば、とあるラーメン店がライバル店のことを蹴落とそうとして粉塵爆発を起こさせる、といったことは、陸地の上なら不可能ではないかもしれませんが、都市艦ではできません。そのようなことをすれば、艦もろとも沈没してしまうリスクを負うわけですから」


 カツラのコメンテーター大須賀先生、なかなか過激な意見を言う人だ。常識は疑うけど、これはこれで視聴率は取れそうだ。……なんか興奮して体を前後に揺すりながら喋っているので、カツラも取れそうだけど。


「逆に魔族が犯人ならば、製麺工場だけにピンポイントにダメージを与える必要は無いわけです。魔族の立場から言えば、都市艦そのものが沈んでもむしろ良いわけです。だからこそ、粉塵爆発などという乱暴な手段を取ることができるのは、魔族だけなのです」


 ドン、と大須賀先生は興奮して拳で卓を叩いた。その拍子に、頭上の黒い物が斜め前に滑り落ち、丸く白っぽい地肌が丸見えになった。……これ放送事故だろ。


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