第48話 謙譲の精神は日本人の美徳、だったはず

 やけっぱち気味に言いながら俺は木のへらを受け取った。さっきまでクロハが食べていた側なので、指の腹にアイスの冷たさとクロハの唾液による湿り気を感じた。


 最後の一口のヴァニラアイスは、溶けかけなので旨かった。アイスクリームは冷凍庫から出したばかりの固い時よりも、少し暖かさにより溶けかけの時が一番良いのだ。


 アイスは旨かったし、冷たさが気持ちよかったけど、クロハとの間接キスの機会を逃してしまったのがちょっと惜しくもあった。……いや、俺は大人だし。間接キスくらいでガタガタ騒いだりはしないけどな。


 ……あれ、アイスと言えば、学校の部室の冷凍庫にもアイスが入っていて、クロハが食べていたような気がする。


 クロハはアイスクリームが好物なのかな?


 でも、アイスクリームは高い。消費税も高いから、天文学的な値段になってしまう。


 このアイスって、自分の小遣いで買っているということなのだろうか。まさか部費で買っているなんてことは無いだろうけど。


 消費税がバカ高い以上、部費の使い方もきちんと厳選しないと、無駄ばかりになってしまうだろう。俺だって監督に就任して部の強化を任された以上、技術的な指導だけではなく、そういった経営的な面でもアドバイスをした方がいいのかもしれない。


「アイス食べたんだから、もう満足したでしょ。私はこれから宿題をやってから寝るけど、赤良はどうする?」


 どうする、と言われても。


 どうすりゃいいんだ、俺?


 俺は学生じゃないから宿題なんか無い。それはそうとして、やることが他に無いよな。自室じゃないから、棚に満艦飾で飾られているフィギュアを眺めて悦に入ることもできない。巨乳悪魔キャラの胸の谷間を眺めて和むこともできないじゃん。


 人生に山あり、フィギュアに谷間あり、という名言を言っている人がいたのを思い出す。


 テレビがあれば深夜アニメを観たいところだが……。テレビが見あたらないことと、他人の家なので深夜まで起きていてアニメを観るのは迷惑だろう。そもそもここは異世界で、俺が観ていたアニメが放送されているかどうか分からない。


 佐賀県擬人化アニメとか、ちゃんと放送されている?


 いや、アニメを観たい以前に、なんだかんだいって疲れたわ。


 今日は色々あったからな。


 そもそも、生まれて始めてトラックにひかれて、生まれて始めて死んだ。生まれて始めて異世界に転生して、生まれて始めて消費税にヘイト抱いたわ。


「他にすること無いし、寝たいんだけど。布団貸して」


「この部屋には私が寝る分の布団しか無いのよね。だから悪いけど、赤良は床で寝てね」


 待った待った。


 話が違う。……じゃない、お約束が違う!


 こういう時、ラブコメの漫画とかライトノベルとかでは、定番の展開があるじゃないか。


(美少女)ヒロイン「ベッドは、あなたが使ってよ」


(イケメン)主人公「おまえはどうするんだよ?」


(美少女)ヒロイン「私は床で寝るから」


(イケメン)主人公「ここ、おまえの部屋だろ。そんなことさせられないよ。俺が床で寝るから」


(美少女)ヒロイン「遠慮しなくていいから!」


(イケメン)主人公「別に遠慮してんじゃねえよ。おまえがベッドを使うべきだし、だったら俺は床しか残っていないだろ?」


(美少女)ヒロイン「恩人のあなたにそんなブラック企業並の待遇をするなんて私の誇りが許さないのよ。……だったらこうしましょ? ベッドの右半分は私、左半分をあなたが使う、ってことで」


(イケメン)主人公「お、おいおい、マジかよ……」


 …………


 こんな感じの譲り合いで。


 で、寝ている最中に美少女ヒロインが寝返りを打って、イケメン主人公に抱きつく格好になっちゃって、みたいなLS展開があったりなんかして……


 これが、正統派のラブコメ展開なのだ。


 それが。


 この現実。


 どういうことになってんの?


 ヒロインであるところのクロハが、イケメン主人公であるところの俺に対して「床で寝ろ」なんて言っちゃダメでしょ。


 そんな素っ気ない態度をとっていたら、俺の異世界サクセスストーリーが進まないどころか、マジで床で寝るハメになっちゃうじゃん!


 床だよ、ユカ。


 床で寝たことってある?


 俺も、こっちに転生してくる前に、仕事でムチャクチャ疲れて、夜遅く家に帰って、ベッドに辿り着く前に床にぶっ倒れて、昭和的な言い方をすれば「バタンキュー」でそのまま眠ってしまい、気が付いたら朝になっていた、なんてこともありました。


 でもそれって、床で寝ているから、ちゃんと身体の疲れが取れずに、だから次の日にエネルギーが切れてベッドに辿り着く前に力尽きて床で倒れてしまう、という悪循環なのだ。


「私だって、鬼でも悪魔でもないから、床でそのまま寝ろなんて鬼畜米英なことは言わないわよ。玄関の所に古新聞があったでしょ? ホームレスの人みたいに新聞を敷き布団と掛け布団と枕にして寝れば、寝汗も吸ってくれていいでしょ」


 ちょい待てや。


 新聞を敷いて寝るってことは、あの二階堂ウメ選手の写真を下に敷いて寝る、ってことになるんじゃないのか?


 なんかヤダなあ。


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