第46話 紳士な男子、真摯な女子
「なんなのよ? ジロジロ見ないでよ」
「み、見てねぇよ」
一瞬焦った。クロハを見ていたことがバレていた。
でも、えっちな目で見ていたわけじゃない。だからセーフだ。
「シャワーしながら難しいこと考えていたら、知恵熱が出てきちゃった。暑いからアイスでも食べよっと」
クロハの奴、シャワー中も差し手争いをどうするべきかを真面目に考えていたのか。考えてどうにかなるようなもんでもないのに。
でも、答えの無い問題であっても真面目に考えるというのは、相撲に対して真摯に向き合っているということだ。
現代日本から来た紳士である俺の目から見れば、女子が相撲なんてギャグみたいにしか思えないが、女子であっても相撲を愛し真摯に取り組んでいる者もいるのだ。特にこちらの世界では相撲は女子のたしなみ、とまで言われているらしいから、向こうの世界における茶道とか華道とか戦車アニメの戦車みたいなものなのだろう。
「……あ、アイス、一個しか残っていないんだったっけ?」
「お、俺は食っていないぞ! 最初から一個しか入っていなかったぞ?」
思わず、少し裏声みたいなひっくり返った声になって自らの潔白を主張した。
危なかったな。やはり、アイスを勝手に食べなくて良かった。もしここで、クロハが冷凍庫の扉を開けた瞬間にアイスが入っていないのを目の当たりにしたら、富士山大噴火以上の大激怒による大災害が発生して恐竜が地球上から絶滅してしまうかもしれない。
「……はぁ? 赤良、何を言っているの? 別に、あなたが食べたなんて言っていないでしょ? 二個残っていると思っていたのよね。二個あれば、私と赤良とで一個ずつ食べることができたのに、って思ったのよ」
「あ、そうだったの?」
俺は自らの思いを心の中だけで恥じた。クロハは高価なアイスクリームを俺にも分けてくれるつもりだったのか。
クロハって、俺が思っているよりも優しい心を持っているのかもな。なんというか、さすが女神というか慈悲の心があるというか。
もし、これが立場が逆だったら、どうだっただろうか? 俺が家主で、冷凍庫に高価なアイスクリーム二個があった場合、自分が食べる分以外に来客のクロハにも食べさせる度量の大きさを持てるだろうか?
少し、俺はクロハを見直した。というか、外見がモロに女子高生なものだから、見くびってしまっていたのかもしれない。
「てか、一個しか入っていないって、どうして知っていたのよ? 見たの?」
俺はイエスともハイとも言わなかった。が、冷凍庫を覗いたことはもう既に黙秘もへったくれもなくバレバレだ。といっても見ただけだ。勝手にアイスを食ったわけではないからセーフだろう。
「二個残っていれば、二人で一個ずつ食べることできたけど、一個しか残っていなかったから、残念だけど赤良の分はナシね。ごめんね」
「おいマジかよ?」
クロハのことを見直して損したじゃねーか。結局独り占めかよ。……といっても元々クロハのアイスだから、俺が文句を言う筋合いではないけど。
そうこうしていると、クロハは木のヘラでアイスをちびちび掬って食べ始めた。俺は物欲しそうな目で見ているだけだ。
見ているだけじゃ間がもたないというか、気を紛らせるために、クロハに語りかける。
「なあクロハ。部を強くするといっても、どうすればいいと思う? クロハと恵水を鍛えて強くするのは当然として、新しい部員を入部させるべきだと思うんだけど」
「それはそうよね」
アイスを食べて幸せそうな顔をしながら、クロハが答える。
「でも、どうやってスカウトすればいいと思う? クロハと恵水がやってくれるか?」
「……それは難しいわね。既にやっているって言えばやっているのよ。入部は随時受け付けだから。でも、入りたがる人がいないのよね」
それも不思議というか、ヘンな話だよな。
相撲は女子のたしなみ、じゃなかったっけ?
それなのに部員不足なのか?
……でもよく考えれば、俺の元いた世界だって、謳い文句と競技人口が必ずしも比例するとは限らないんじゃないかな。
相撲は日本の国技、と称されていたけど、裸になってまわしを巻かなくてはならない相撲をやろうという男は多くはなかった。
女子のたしなみといえば、茶道や華道とかだろう。そういう部活もあったはずだが、じゃあ入部希望者が殺到するほどの人気部活だったかというと、そんなことはなく、逆に閑古鳥が鳴いていたはずだ。
カーリングなんかもそうかもしれない。女子チームが冬季オリンピックで活躍してメダル獲得したりして、日本国民の間で人気と知名度が急激に上がった競技ではあるが、じゃあプレイ人口はどうかというと、そんなに増えてはいなかったはず。まあカーリングの場合は、プレイするためのコートを用意するのが難しく、用具類もまともに揃えようと思ったらガチで100万円レベルの金がかかるようなので、まあそんなんじゃ初心者が手軽に始めるってわけにはいかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます