003 放課後、木漏れ日を求めて
中庭に出ると、秋口の山の冷たい空気が身体を覆ってきて、痛めつけられた身体には気持ちいい。
もう少し寒くなったらコートの出番だろう。ブレザータイプの上着にコートはダッフルコートと、まるで普通の高校生のような制服が支給されているのはまったく皮肉だけど、毎日着るものに悩まなくてよいというのは楽でいい。
少し歩くと、背の高いケヤキの木が見えてきた。
広い中庭の中でもひときわ目立っている。その美しい紅葉の下、古びた木製のベンチに、カズと
「あっ、想介! こっちこっち!」
僕に気付いた木花が大きく手を振ってくる。
手を振り返しながら近づいていくと、「うわっ、またいっぱい怪我してる!」と、僕の顔中に貼られた湿布を見て眉をひそめた。
「今日はまたずいぶん手ひどくやられたな」
くはは、とカズが笑う。
「ちょっと秘奥義の調子が悪くてね」
「またプログラム中にふざけたの? 遅いと思ったら、また怒られてたんでしょ」
「そうでもしないとあのお姉さんと話せる機会がないからね。色んな情報を仕入れられる貴重な機会なんだよ」
「ふうん。でもそんなこと言って、お姉さんと話したいだけだったりして」
「それは否定しない」
「えんがちょー!」
木花は両手で、人差し指と中指を交差させたチョキのような形を作って向けてくる。どういう意味なのかはいまだにわからない。
怪我の話はそれきりだった。僕の痣なんてもう寝グセみたいなものだから、二人とも過剰に心配してくることはない。
日当たりのよい大きなケヤキの木の下で、いつもの三人。この広い敷地の中で、今のところ僕が唯一見つけられた自分の居場所だった。
——人懐っこい愛玩動物チックな瞳を爛々と輝かせているのが、
例えるなら懐っこい小動物。天真爛漫にして愛嬌抜群、気まぐれマイペースな天然娘で、「レッサーパンダに似てる」と言ったら、少し考えこんで「それって告白?」と頓珍漢な解釈をしてくる彼女は、僕よりひとつ下の十六歳。
——切れ長の三白眼を細めてニヒルな笑みを浮かべているのが、
例えるなら抜き身のナイフ。といっても中身はフランベルジュくらいひねくれているが、面倒見のいいところもあり、「意外とツンデレだよな」と言うと「ツン殺すぞ」と剣呑な切り返しをしてくる彼は、僕と同い歳の十七歳。
「二人とも、もう今日のプログラム終わったのか?」
「ああ。つーかお前が最後だよ、たぶん」
「私のプログラムは基本的に寝てるだけだから、想介に比べれば全然ラクだしね」
「寝てるだけ、ねえ」
人によってプログラムの内容が違うのは理解できるが、それにしても雲泥の差である。もっとも木花が木刀で叩かれる光景なんて想像したくないので、この場合は重畳と言って然るべきか。
「でもね、ラクはラクなんだけど、私もずっと赤点続きでさー。能力の調子が悪いみたい」
「へえ、気が合うな」
「お前ら、仲良くダブるんじゃねえぞ。俺だけ先に卒業しちまうじゃねえか」
カズが冗談っぽく皮肉を言ってくる。
そもそも留年や卒業なんて概念はここにはない。プログラムを修了し、『他者への加害意識なし』『能力を完全にコントロール可能』というお墨付きがもらえれば退所できるとされているが、三年前にできたばかりのこの施設から出られた者は、いまだかつて一人もいない、らしい。
ちなみに、カズと木花は僕より先輩だ。
二人は施設に連れて来られる前から一緒に暮らしていたらしい。本当の兄妹でもないのに一緒に暮らしていたなんて言うと妙な想像をしてしまいそうだが、なんのことはない、二人とも同じ孤児院にいたというだけの話だ。
大災厄により両親を失った、厄災孤児。
揃って施設に入り——揃って逸脱した。
「んじゃ、三人揃ったことだし、行こっか!」
木花が突然そんなことを言って立ち上がった。
「行くって、どこに?」
このケヤキの木の下で雑談をして時間を潰すというのがいつものパターンなのだけど、今日は何かする約束でもしていたっけか?
「む、ピンと来ないの? なっとらんよキミ」
ぷく、と頬を膨らませるが、木花がやるとリスの物真似にしか見えない。
「そう言われてもなあ。もう少しヒントをくれよ」
「もう。ほら、もうすぐ世紀末なイベントがあるじゃない」
「ないと思うけど」
世界が核の炎にでも包まれるのか。
「来週の木曜日! ホントに忘れちゃったの!?」
「来週の……? ああ、わかった。木花の誕生日か」
「ピンポーン!」
たぶん「世紀のイベント」と言いたかったんだろうが、だとしても一世紀に最大百回は訪れるイベントだから、二重に間違っている。
「つまり、君たちが私にプレゼントを渡す義務がある日なわけです!」
「義務はないだろ」
「だから今日はその材料集めをします!」
「……んん?」
色々と話がおかしくないか?
もちろん忘れてなんかいない。ちょうど一週間後の十月一日は木花の誕生日だ。だけど、本人からその話を切り出すってのは、あまつさえ、その準備まで手伝うというのは如何なものか。
とはいえ、そういった常識が通用しないのが木花美來なのだが。
「はいはい。それで、姫は祝いの品として何をご所望なんですか?」
ここには雑貨屋も家電量販店もないので、プレゼントといっても用意できるものは限られている。だから、その範囲内で調達可能ならば要望を出してもらった方が有難い。
「私が欲しいのはね、ミサイル!」
「よっしゃ、派手にいくか!」
「おい想介、どこに突っ込む気だ。ちゃんとこのアホに突っ込め」
僕が責められた。
確かに僕の対応も安直すぎたけど、今のは木花の方が悪いと思う。
「『ミサンガ』だって、何度教えりゃ覚えんだよ。言い間違えにしても限度があるぜ」
「持ち主の願いを叶えてくれるっていう点では似たようなものじゃない?」
「上手いけど反応に困ることを言うな」
たとえミサイルがあったとして、敷地全体を囲っている分厚い灰色の壁に打ち込んで粉々に破壊できたら、さぞ爽快なことだろう。
しかし、壁を壊したところで、その先どこに向かえばいいのか。東ベルリンの勇敢な市民たちと違って僕は、瓦礫の向こうに広がる世界を前に、一歩も踏み出せずに立ちすくんでしまうだろう。
「なるほど、ミサンガね。でも準備って何をするんだ? ミサンガの材料となると、紐状の何かだよな」
「うん。あのね、蔓を編んで作ろうと思うの」
「蔓って、植物の?」
「うん。ただの紐よりもハンドメイド感が出そうじゃない?」
確かに、蔓ならそこら中に生い茂っている。中庭とはいっても山野を人が歩けるように均しただけなので、野生の植物素材には事欠かないのだ。施設は必要最低限の物資しか支給してくれないが、ここに自生しているものならばいくらでも、自由に入手できる。
「ったく、そういう地味な作業は性に合わねえんだよな。ああ面倒くせえ」
「面倒くさいとか言わないの! これがミサイルだったら、これから一週間夜なべしなきゃいけなかったんだからね?」
僕とカズは同時に溜息をつく。
「ミサイルを舐めるな」
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