第55話 過去の兵器は殺人廃棄物
『ちょっと別作業するけど、一人で作業できる?』
「ええ、お掃除ぐらいできますよ。俺の可愛いリスちゃんたちなら」
『建物の中もお願いね。回線は開けとくから、何かあったら報告』
「了解です。須磨君も、現状、分かり次第連絡くださいね」
『了解』
返答の後も、カトラルは変わらずに十八分割の画面を眺めるだけだ。
専有機を与えられて、およそ一週間。
専有機特有の疲労――戦闘行動をしなくとも、精神的にも肉体的にも疲労感が溜まっていく感覚に、カトラルはようやく慣れてきた頃だった。
使えるものは使うべきだ、というオペレーターの後押しもあり、カトラルは鮮麗絶唱の固有能力である”血液摂取による速度強化”の為に必要な要素の回収に勤しんでいる。
「……酷いな」
小さな声は独り言は、通信機に拾われなかった。
定例放送後の魔神討伐に出かけては、魔神の血液を回収してはいたが、この量を吸収するのも、人間のものを集めるのも初めてだ。
四条坂駅の様子は、改めて見ても酷い有様である。
屍が撤去され、汚していた赤も着実に姿を消しているが、それでも、破壊された建物の瓦礫やへこんだ地面はそのままだ。
「…………」
残留する形の見えないなにかに、カトラルは寒気を覚えた。
SSDが平和の象徴、と設置したモニュメントがあった場所は空になっている。英雄の意志が動き、魔神を討ったことは聞き入れていたが、そうなってくると一つの疑問が浮かぶ。
「フロプトの虚飾――」
『そう名乗ったみたいだけど、パイロットは竜の女帝だろうね』
情報を入れて、整理する作業に没頭しているはずのオペレーターは、カトラルの独り言を拾い上げた。
ちらり、とカトラルが目配せした画面に、未来の姿は見えない。通信カメラの前、未来の目前に置かれたタブレットがついたてになっていた。
作業をしながらの雑談は、お手の物らしい。
『英雄の意志を動かせたんだから、そうじゃなきゃ可笑しいでしょ』と未来は考察を述べた。
『あれって一応、新世代機の括りだけど、制御装置は旧世代機と大差ないからね』
「別の名前を名乗ったのは、操縦者を特定されないための錯乱目的ですかね」
『かな。例の馬の魔神も、現場にいたみたいだし』
「決まりじゃないですか」
未来は仕入れ途中の情報を、発言ねじ込んでくる。
話しながらも、作業は滞りなく進んでいるのだろう。未来の器用さには何度でも感心できる、とカトラルは胸中で少年を褒め称えた。
「竜の女帝はどうして旧世代機に乗れるんでしょうか」
『それこそ、さっぱりだね』
「……俺、一回だけ旧機に乗ったことがあるんです」
旧世代機。
それが現行機であった時代には、メルトレイドは魔神を支配する人間の化身と称賛されていた。
しかし、時が流れた今では、搭乗者を殺す、殺人廃棄物呼ばわりされている。
『……後遺症は?』
「運が良かったことに、ありませんよ」
――でも、もう二度と乗らないと決めた。
カトラルは昔を思い起こしながら、苦笑いを浮かべた。
『無事で何より。でも、いつ影響がでるか分からないから、異変があればすぐに申し出るように』
「脳の機能の寿命なんて、俺には分かりませんから。ボケたら介護は任せました」
『ヤだよ』
現行機と旧機の違いは、原動力と制御装置である。
現行機は言わずもがな、魔神をエネルギーとして宿したレプリカを原動力として動く。そして、メルトレイドとパイロットの接続にもレプリカを使っていてる。
パイロットの左手に施術された生体コネクタにキーレプリカを接続することで機体の制御をパイロットの支配下に置く。そして、パイロットは自分の肉体としてメルトレイドを動かせるようになる。
人間の思考が主体であり、パイロットに出る影響は少ない。
対して、旧機は電源を搭載し、電力で動く。
旧世代機を操縦するには、メルトレイドに直接、パイロットの脳回路を繋ぐ必要があった。コックピット自体がコネクタであり、機械と人間を繋いで動作させる。その対価として、パイロットの脳機能を破損してしまうことがあり、旧世代機は殺人廃棄物として扱われているのだ。
「竜の女帝は、そういう不調とは無縁みたいですよね」
『マグスだろうと、接続回路は同じのはずなんだけど』
マグスはパイロットとしてはある種、万能である。自身に宿る魔神を原動力に変化できるため、現行機も旧機も動かし放題。
しかし、制御装置は不可欠で別問題だ。
「うーん」
『悩んでも仕方ないよ』
魔神の襲来。
それに応じ、生まれたメルトレイドと言う対魔神兵器。
時間にすれば比較的、早くに兵器はでき上がっていたが、制御装置はそうもいかなかった。
今でこそ、人体に及ぼす影響は零に等しくなった。が、旧機世代では心ばかりの性能で、機械人形を動かすという行為の代償は、ダイレクトに操縦者を襲い、脳を奪った。
「古今未曾有ですね、竜の女帝」
『……少尉?』
「はい?」
旧世代機のパイロットが記憶障害を引き起こしたり、植物状態に陥ったりすることはざらであった。
故に旧機時代のパイロットという職は常に管理され、個々で異なる限界を迎える前に操縦桿を手放していた。才能があろうとも消耗品である。
『後遺症で逆に賢くなったりもするのかな』
「機能破壊されて、賢くなるわけないでしょう」
『カトラル少尉に聞きなれない言葉使われると、吃驚するから止めて欲しい』
「……なんです、何がそんなに気に入らなかったんです」
戯言を繰り返している間に、未来は雅からの報告を読み終える。少年の頭の中では、今回の事変について結論が出ていた。
ふてくされ、ぶつぶつと小言を呟くカトラルを無視し、未来は眉をしかめて頭を抱えた。自分の能力に対して、揺るぎない自信と絶対的な信頼を持つからこその苦悩だ。
『……少尉、回収作業は終わりそう?』
声が硬い。
ほんのわずかだが、未来の態度が変化したことに首をかしげつつ「いや、まだかかりますよ」とカトラルは働く小動物を確認した。
『現状報告可能です?』
「戻ってきたら話す。帰還次第、僕のデスクまで」
『それは構いませんけど、今じゃダメなんですか?』
駅前広場、メルトレイドは直立のまま待機していた。
動き回る力の欠片が一生懸命に仕事をしている。十八匹の赤毛のリスたちは、サボりもせず、生真面目に血液から血液へと忙しなく走り回っていた。
「そういえば、現役時代の英雄の遺志に乗っていたパイロットも、脳異常はなかったんですかね」
空白となってしまった場所をみつめながら、カトラルは英雄の遺志を思い出そうとしてみる。しかしながら、四条坂駅になど滅多に近づかない青年には難しい作業であった。
『どうだかね。名もなき英雄って最重要機密にカテゴリされてるし。皐月アクロイド事件で死んだ、っては聞いてるけど』
「? 皐月アクロイド事件? アクロイドってイオン博士ですか?」
戦闘行動ではないせいか、二人はだらだらと雑談を交えていた。
亡くなった人々への追悼も一瞬であった。
弔意が全くないわけではないが、それをずるずると引きずるようでは仕事にならない。良くも悪くも、軍人らしい切り替えである。
『……日本に来る前のことだとはいえ、少尉ってSSDに一切興味ないよね』
「否定はしませんけど、で? 皐月アクロイド事件ってなんです?」
『民間の図書館でも見つかるから、自分で調べろよ』
興味深そうに瞳を輝かせる青年を、少年はばっさりと切り捨てる。
自分で調べることは面倒なのだろう。カトラルは「そんなこと言わずに」と世辞を重ねてごまをする。しかしながら、効果はなさそうだ。
未来は頬杖をついた。よく舌が回る、とカトラルの声を聞き流していると、個別端末に新着メールが届く。雅からの続報が次々に舞い込んでくる。
「ねえ、須磨君、聞いてます?」
『……別にオペレーション要らないよね? 僕、先にデスク行ってるから』
「えっ、俺一人にされたら。何して時間潰せばいいんです!?」
『ご自慢の愛らしいリスの名前でも考えてれば?』
返事を待たず、通信は無情にも切断される。
オフラインになった回線、音がなくなったコックピットでカトラルは”切断”と提示されているバーチャルディスプレイを見つめた。再点灯はしない。
リス一匹一匹は本当によく仕事をしているが、いかんせん、回収物の絶対量が多いため、まだまだ時間はかかるだろう。
カトラルは操縦席で大きく伸びをする。
メルトレイドと回路を同調している以上、寝て待つこともできない。
「……雄か雌かも分からないですしね」
未来の投げやりな捨て台詞を前向きに取り入れ、出足から躓き、青年は一人で唸った。
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