第110話 少女と膝枕

僕は魔力の腕を止められる所まで伸ばして、障壁全体を包み込むようにする。

先ほど自分の周囲でやったのと同じことだけど、距離があるので少し難しい。

全体を包み込んだ魔力の手をゆっくりと広げていく。障壁の外側の気圧が下がるにつれて、内部の空気も吸いだされていくはずだ。

障壁内部の女の子の様子にも変化が出てきた。まず炎を打ち出す間隔が伸びてきた。腕も下ろしてしまい、炎を打ち出すときだけ上げる。頭を振ったりもしている。おそらくは高山病に似た頭痛が起きているはずだ。

炎の間隔が伸びたこともあって、こちらの気温は低下した。攻撃が止んだタイミングをみはらからいながら、ゆっくり近くに移動する。


「こちらに戦う理由は無い。攻撃をやめてくれたらこっちからも攻撃しない。」


その声が届いたのか、女の子は下向きになっていた顔を持ち上げる。唇が紫色になっている。

何かを言おうとしたのか口元がかすかに動き、そのまましゃがみこみ、倒れた。

あわてて駆け寄るが、これも後から考えたらずいぶんと無用心なことだ。自分を攻撃してきた相手だし、降参したわけでもないのだから。

しかしその時はそんなことは考えないで、倒れた女の子の口元に自分の顔を近づける。かすかに息をする気配がして、耳にも息がかかる。

呼吸はしているようなのでとりあえずは安心して、女の子の頭を自分の膝に乗せる。いわゆる膝枕の形だ。ほほを手で触れると少し冷たく、唇の色もまだ悪い。

そのまま少し待っていると、しだいに唇に赤みが戻ってくる。まぶたがぴくぴくしたかと思うと、ゆっくりと目をあけた。


「大丈夫? 私はミルア。あなたを攻撃する意図は無い。」


「ミ、ルア。」


女の子が口を開く。まだ本調子ではないのか、目はぼんやりとしている。


「そう、私の名前はミルア。あなたの名前を教えてもらってもいいかな。」


「なまえ、は、ない。」


「名前が無いと、呼ぶときに困るかな。」


「好きに呼んでくれていい。」


「それじゃあ、何か名前を付けるよ。」


「まかせる。」


急に名前を付けることになったので、安易に今の自分の名前のミルアと似た感じでマリアとすることにした。


「それじゃあマリアでいいかな。あなたの名前はマリア。」


「了解した。私はマリア。」


話しているうちに回復してきたのか、しっかりとこちらを見て話すようになった。そろそろ起き上がっても大丈夫だろうか。そう思っていたところに、声をかけられる。


「ミルア、何をしているの。その子は誰?」


顔を上げて声をしたほうを見るとアリシアがいた。すぐ後ろのノーランは、アリシアの肩に手を置いている。二人とも表情が固い。さらに二人から少し離れた場所に、何人かの警備員らしき人達もいる。手にした棒などを構えていることからして、こちらを警戒しているのだろう。

アリシアの魔力も普段より高めなのがわかる。


「えーと、誤解から魔法を打ち合ったんだけど、誤解が解けて仲良くなりました。」


急なことだったので何と言うべきか考えたけど、ざっくりとそんな風に答えた。

アリシアは困ったような変な顔になり、大きく息を吐いた。


「はあ。あんたねえ。」


なにやら困惑しているようだ。しかし高められていた魔力は普段に近くなり、ノーランに何か言って肩に置いている手を下ろさせた。


「マリア、立てるかな。あの子はアリシアで、隣がノーラン。攻撃しちゃだめだよ。」


「わかった。」


マリアが立ち上がり、続けて僕も立ち上がる。


「この子はマリアです。」


アリシアとノーランに向けて紹介する。アリシアとノーランは驚いた顔をしてる。


「あんたたち、そっくりよ。」


アリシアが言う。




それから少しして、僕とマリアはアリシア達と馬車に乗っている。レンガみたいなものがひかれた道をガタゴトと走っている馬車の乗り心地はそんなに悪くない。サスペンションみたいなものも付いてるようで、振動はそれほどでもない。


「さっきはありがとうございました。おかげで助かりました。」


向かい側に座っているアリシアとノーランに礼をいう。


「いいわよ。それに、その子がやる気になったら、あそこにいた全員でかかってもダメってのは本当でしょ。」


アリシアは先ほども似たようなことを、集まっていた警備員達に言っていた。マリアを引き渡しても、彼らだけで捕まえておけるのかと。そしてノーランの口利きもあって、マリアはノーランの家で預かることになった。ノーランは町の警備隊に所属というか、魔法関係の対処を任されているらしく、そっちで対応してくれるならということで話がついた。


「さいしょに攻撃してきたのは、あっち。」


隣に座って僕の服をつかんでいるマリアがつぶやく。聖堂の開かずの扉が開いたのでやってきた警備員達が、中から出てきたマリアに驚いて警棒を振り上げたところを吹っ飛ばされたというのが事の起こりみたいだ。

警備員達を魔法で吹き飛ばしたマリアが建物から出てからは僕が体験した通りなのだけど、さっきは聞けなかったことを質問する。


「そういえばどうして僕にもいきなり魔法で攻撃してきたのか教えてもらってもいいかな。」


「ゆくてをさえぎる、きょうりょくな魔力反応があったから。」


強力な魔力反応というのは僕のことか。行く手をさえぎったつもりはないけど、ちょうど通り道だった、のかなあ。

などと考えていて、少し間があいたところに、ノーランが聞いてきた。


「おふたりは本当に知り合いではないんですか。見たところ姉妹といっても不思議ではないくらいに似ているのですが。」


自分の顔は見えないので実感はないけど、僕とマリアは似ているらしい。


「うーん、知り合いでないのは本当です。でもそんなに似ているんですか。あとで鏡があったら見てみたいなあ。」


「ミルアのことはさっきまで知らなかった。」


僕とマリアが答える。マリアは自分の名前も無いというか知らなかったので、なにか記憶障害のようなものがあるのかも。開かずの扉の奥から出てきたということは、中で封印でもされていたとかだろうか。さっき僕の開けた扉、あれが開かずの扉だったのだろう。


「ま、そういうことにしておくわ。」


そういえばアリシアの服はさっき会っていた時とは違う。一度家に戻って着替えたのだろうか。前の服にくらべるとヒラヒラが少ないシンプルなデザインの服だ。


馬車が止まったので順番に降りて、外側の荷物置きに乗せておいた背負いかごを手に取ると、アリシアとノーランに続いて家に入る。かなり大きい家で、お屋敷と呼べそうだ。使用人らしき人がドアを開けてくれるのも、お屋敷感を強くしている。


「とりあえず部屋に案内させるから休んでいて。良かったらお風呂もどうぞ。」


アリシアに指示されたメイドに案内されて部屋に入ると、ベッドが2つある広い部屋だった。姿見もあったので、マリアと並んで前に立つと、たしかに二人はそっくりだった。




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登場生物まとめ


ミルア:僕が一時転生している女の子。魔力は強いけど、僕では魔法はほとんど使えない。

ナイン:使い魔。身体の大半が魔力なので、魔法は使えるけど使うと身体が減るらしい。

アリシア:貴族の少女。魔力はかなりある。魔力を使うとお腹が減るらしい。

ノーラン:貴族の青年。魔力はそれほどでもないが、魔法は使える。

マリア:謎の女の子。本人の同意を得て名前を付けた。


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