第65話 散歩

「ええと、こんにちは。」


質問には答えず、とりあえず挨拶をしておく。災厄のヒトというのは預言の書に出てきた話すことができるヒトのことで、たいていは災厄とセットになっていることからこう呼ばれているようだ。火山の噴火などの危機を知らせた場合もあるけど、結果としては信じなかった多くの人は災厄に巻き込まれているからだろう。

そして僕が災厄のヒトがというのは、話せるヒトという共通点があるからなのかな。


「どうかしたのですか。」


アンナは気が付いていなかったみたいだけど、僕の様子から判断したのかテーブルの下を覗き込む。


「サラ!こんなところに。」


「みつかっちゃった。」


テーブルの下から姿を現したのは女の子で、昨日会ったマイと同じくらいかなあ。幼稚園くらいと言っても、この世界に幼稚園があるのか知らないけど。


「それじゃあ、またね。」


アンナが何か言う前にその女の子サラはぱたぱたと足音を響かせて去っていった。母親らしき人が戻ってきたサラに何か言っている。心配そうな感じでこちらを見ていたので、あまりじろじろ見るのも良くないかと思って見るのはやめにした。


「失礼しました。」


アンナさんは申し訳なさそうな表情をしている。


「いえ、別に。子供は好奇心旺盛ですね。」


それにおかげでわかったこともある。


「話をもどすと、僕が災厄のヒトだからアンナさんは言葉をかけられたる者ということなのですよね。」


これはサラの言葉でそうだろうと思ったことなのだけど、その前になるほどとわかったような返事をした都合上、知ってたみたいなことにして話をすすめる。知ったかぶりは結構得意なのだ。


「その通りです。」


正解だった。さてそうすると、どうしたらいいのか。僕は神の使いとかでは無いし、宇宙ステーションにいるかもしれない文明を保ったヒトでもない。単なる異世界からの一時転生者で、普通の日本人だ。最近は普通の日本人と言うとちょっと変な意味になったりもするみたいだけど、そういうのではなく特別なところがない凡人ということ。軍人でもない民間人で、会社はやめたので今は無職。


「今回は、いや僕は特に災厄とかを持ち込んだり予言したりすることはないと思うので、まあ話せるヒトというのは共通してるから形式としては災厄のヒトと呼ばれても仕方ないかなあ。でも災厄は無いですよ。」


そう言ってから紅茶を飲む。これはコーヒーが麦の香りだったりするのと違い、地球の紅茶と同じような香り。


「わかりました。こちらから無理にお聞きすることはありません。」


なんかまだ誤解されている気がする。


食事も終わったので食器をカウンターに返し、食堂を出て行く。

そのまま建物内を案内してもらった。普段は使っていないもう一つの食堂や会議室みたいな部屋だとか、僕が泊まった部屋の反対方向にも同じくらいの部屋があるらしく、たしかにちょっとしたホテルという感じがする。それ以外にバンガローみたいな離れがいくつかある。


「子供がいる家族は離れを使う場合が多いですね。部屋も多人数用になっているので。」


「なるほど。僕の使った部屋なんかは一人用ですからね。」


建物内部を一通りみせてもらった後は、外の広場に出て歩いていた。食堂の窓から見えたところで、芝生のような短く刈り込まれた草が生えている。食堂のテラスや、バンガローに続く通路からも広場に出られるようになっていて、ちらほらと人やヒトが歩いているのが見える。

広場の奥から森に続く散歩道みたいなのもあるようだ。


「ヒトの子供もいるんですね。」


さっきのサラは豚人だったけど、ヒトの子供もいる。さっきの食堂にもいたし、今も広場で走り回っているので手を振ってみたら振り返してくれた。


「ここではなるべく人とヒトを区別しないようにしています。」


「だとすると、あの子もそのうち言葉を話せるようになるかもしれませんね。」


警察にいたマックスはいくつかの単語での返事は出来ていたし、聞くほうはわりと理解できているようだった。発声器官の構造としては、僕が普通に話せているのだから話すことに問題は無いはずだ。とするとあとは幼少期の練習不足かなあと推測していた。


「ヘラみたいにかしら。ヘラというのは人間に育てられたヒトで、簡単な言葉を話すことが出来たという話があるの。」


「そうなんですか。」


確か警察署の医務室にいたマリアも同じようなことを言っていた。



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