異界の本の生物記
花見和ノ如く
Ⅰ登場編
第1章 ツガヤの森
1.零
正直言って、異世界転生だとか異世界転移だとか。それを書いてる小説家やらなんやらはくだらない。「俺」はそう思う。でも……。
「俺」も……異世界転生とかしてみたいな……。
いやいや! 何言ってるんだ、「俺」? 思いながら、彼は異世界転生小説の次のページをまた開いた。
不意に……こう思う。
そういえば……あの女、どうするかな?
「俺」たちの顔を見られたんだ。帰すわけにはいかない。
そうは思うんだ。
だけど……。
だけどなぜか、あの女は彼を信じているような眼をしていたのだった。
「――んあ~~!」
謎ばかりだ。全くもってイラつく。
「俺」は本をほっぽり投げ、ベッドから起き上がって伸びをした。
そして本にまた目を向ける。
本は落ちて、閉じた。
ボーン
ボーン
時計がこの部屋に……十二時を告げた。
ふとこの彼の部屋を見回す。
窓の外を見ると、雪が降っていた。
冬か……。
俺は乱暴にまたページを開ける。
その小説内で主人公は、転生を果たしていた。
ふう、やってられねえ。
そう「俺」が思ったその時。
ギィ
「俺」は……ドアの音に思わず肩をすくめた。
その音の方を見ると音の主はあの女だった。
黒髪のロングヘア。
美人だったが、「俺」達の顔を見られた人物なため、明日には殺さねばならない。
「逃げられるとは――思ってない」
「彼女」はそう言って「俺」を見つめる。
「だけど……私は貴方を知っている。貴方の優しさも、生きる辛さも」
俺はお前を知らない。っていうか何だ? 辛さって?? 優しさって!?
コホンッ
「彼女」は咳払いをした。
これから本題を話す。
そう「俺」に目で伝えてきた。
「貴方は……誰?」
「彼女」はその瞬間、意味わからないことを言った。
全ては謎だった。
だが「俺」たちが富士に行くことにより、何かが起こることは分かっている。
まずはそのことを考えよう。
そう思いながら……答えた。
「俺」の名前を。
すると……「彼女」はフッと笑い、こう言った。
「知ってる」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
困った。
本当に困った。
なぜなら俺は、記憶を失っているからだ。
つまりほとんど何も……憶えてない。
手続き記憶、古典的条件付け、非連合学習は多分全て残っていて、プライミング、意味記憶は三分の一、エピソード記憶に関しては大半が消えているのである。
なぜそんなことが分かるか。
知らん! 違和感の量から適当に推察しただけである。
っていうかこういう変な情報を憶えている時点で意味記憶まあまあ憶えているよな。
しかも周りは見たことの無い、恐ろしい木ばっかり。まるでファンタジーの世界である。
何でだ!
何で俺はそれ以外記憶が無いんだ!
そもそも何だ? 俺が何したって言うんだ!
別に俺は特別を求めていたわけではない。
そうだ。
だって……。
だってこれは!
「異世界転移って奴じゃねえかーーーーーーーーーーーー!」
森の中に一人の男、俺こと北形慶世が召喚された。
そして俺が望んでいた平和な毎日は……終わりを告げたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
まず落ち着こう。
俺は平常心を持って状況を整理した。
確か俺は……実家に帰った。父さんは会った日、家にいなかったっけ?
母の言葉が蘇る。
「貴方がどこかに行ってしまったからお父さんは探しに消えたのよ!」
そうか。
そうだよな、俺が無断で家を出たから。
じゃあどうして無断で家を出たんだ?
家出……?
…………。
駄目だ、思い出せない。
大事なことなのに、思い出せない。
そしてそこから追い出された後、どこに行ったかも。
その時俺は、大事なことに気付いた。
ここは……どこだ?
俺は……何でここにいるんだ?
驚く。なぜ今まで違和感を覚えなかったのだろう。
――ん?待てよ。
この景色、見たことがある。
伝説の森……。
不意にそのような言葉が浮かんだ。
「そうか! ツガヤの森か!」
ツガヤの森……。それは世界最大の森にして、古の森である。
俺はそれを昔本で読んだのだった。
だから違和感を覚えなかったのだろう。
違和感を……覚えなかったのだろう……?
俺はまた引っ掛かった。
そうだ。例え知っていたとしても違和感を覚えるはずだ。
じゃあなぜ……?
そんな時、声が聞こえてきた。
――来い。
――来い。
背筋を凍らせながらも俺はその声の方に振り返った。
そこには一つの……館があった。
そして俺の足は、自然とその館に引き寄せられてしまったのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
道中、色々と思い出した。富士山を登ると此処に着くとか、「おやじさん」と呼ばれた恐ろしい化け物がいるらしいとか。
何か都合の良い感じがしないか? 何でそれは思い出せるんだ?
俺はまた違和感を覚える。
――まあそういえば本当に「おやじさん」っているのか?
俺は少し遊び心でその迷信を信じてみた。
だがそれは……
本当だった。
「ヒッヒッヒッヒッヒッヒ」
俺が家の手前まで来ると、恐ろしく年をとった年寄りが出てきた。
「おぬしが北形慶世か?」
その老人の声は恐ろしく、眼光は俺を怯ませた。
俺は反射的にその老人を睨みつけ、思わず声を震わせた。
「あ、ああ。そう……だ……」
「『おやじさん』」
ふと俺はその声の主を見た。
声の主は俺と同じぐらいの年齢……高二ぐらいの青年だった。
そしてその青年は「おやじさん」と言った。
そうだ。
本当に本当だったのだ。
「随分待たせよって。どこで道草食っていた?」
そして「おやじさん」は青年の声を無視してまた俺に話しかけてきた。
まるで俺を知人だと思っているのかのように。
確かに名前は憶えられていたし俺も自然と敬語を使わなかった。
しかし知人ってことは絶対ない……のだが、「おやじさん」は懐かしそうに俺を見つめた。
「お主は伝説の死界召喚法典を渡されるのじゃろう? なあ!」
え?
俺は少し後足を踏む。
「お主にしかこれは使えぬから、お主の魂はここに来た」
そう、なのか?
全く分からない。
というかなぜ俺はこうも「おやじさん」の言うことを本気にしているのだろうか。
俺はその時、自分というものが分からなくなっていた。
――気が遠くなっていたのかも知れない。
「とりあえず受け取りな。慶世」
その声にハッと気がつく。
隣の青年が本を差し出した。
俺は声が出なかった。
「え……。何で受け取んなきゃいけないんだ……?」
また俺はタメ口をきいてしまった。
と思っている間、少し沈黙が流れた。
――「おやじさん」は言った。
「そろそろ世界が滅ぶ」
絶句する。
だから何なんだ?
俺はただの無力な学生だ……。
そう思った。
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