月海の剣士は永遠に舞う

剣乃 和也

序幕 ある日常の風景


 ドドドドドドドドド……


 大きな足音を立てて走る者がいる。

 正確には『者』というのは難しいかもしれない。

 人型をしているし、着流しを着ているので文明を持った生き物であるのは確かだ。

 真っ白な白髪だが、綺麗な髪を生やしているし、顔に目が二つ、口が一つ付いているし、肌には皴が入っており、その身体つきから老齢の男性であることがわかる。

 そんな彼が黄色の着流しを着ていれば、遠目には普通の人間と思うだろう。

 

 だが、


 そしてまるでシリコンゴムのような質感をしており、肌は黒いが人の肌のような黒さではなく、ゴムのような黒さだ。

 目に瞳は無いのでまるで仏像のような姿をしている。


 

 肌に金色の線のような模様が入っているので余計にそう見える。


 そして、そんな生き物が走っている理由も簡単で、同じような姿の生き物を追いかけているからだ。


 そちらはと言えば同じ種族のようだが、こちらは女性っぽい体つきをしており、色や模様は違うが明らかに若い女である。


 彼らは晶霊しょうれいと呼ばれている種族で、人ともに歩み、人と共存する彼らは人間には無くてはならない一族でもある。

 ではその晶霊が何でこんな追いかけっこをしてるのかと言えば……


『そこのねえちゃぁぁぁん! 俺といいことしようぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!』

『誰かァァァ!! この変態糞ジジイをどうにかしてぇぇぇぇぇぇ!!!』


 単にナンパしているだけだった。

 

 ずっとその追いかけっこが続くのかと思いきや、それが唐突に終わってしまう。


 パコン!


『ぶげぇ!』


 目の前に現れた大きな棒に顔をまともに当ててスッ転ぶ黒いジジイ。

 ジジイは顔を手でさすっていたそうに顔を歪ませる。

 

『ヨミぃ……あんたいい加減にしなさいよ!』


 そう言って槍を手に『ヨミ』と呼ばれたジジイを睨む女の晶霊が居た。

 紅い髪に赤い肌をした女晶霊で瞼の所に青いアイシャドウのような模様がある晶霊だった。

 体と同じく赤い着流しを着ており、それが綺麗に似合っている。


『痛いぞアカシ』

『痛くしたのよ! 毎度毎度周りに迷惑かけるからこっちは困ってんのよ!』


 そう言ってプリプリ怒るアカシ。

 するとヨミはニヤニヤしながら尋ねる。


「おんやぁ? じぇらしぃ……かな?」


 ゴン!


 ヨミの脳天に槍の石突を直撃させるアカシ。


『ぐおおおおおおお』

『だれがあんたみたいなジジイの色ボケに嫉妬するか!』


 そう言ってボコボコにヨミを殴り始めるアカシ。

 ヨミは逃げ始めたので今度はアカシが追いかけることになった。


 その様子を青い肌をした若い女晶霊が胡坐をかいて見ている。


『相変わらずねぇ……』


 困った顔でそれを見ている女晶霊だが、不意に自分の足元の方を見て言った。


『どうすればヨミの奇行が静まってくれると思う? 我が相棒オト姫殿?』


 すると、


「うーん……私に聞くよりもヨミの相棒に聞いた方が良いと思うよトヨタマ」


 トヨタマと呼んだ女晶霊を少女が困り顔で見上げる。

 少女は盛りまくった髪と貝のピアスを着けており、服にも黒いヒョウ柄が入っているのでまるでギャル系ファッションのような姿だった。

 そのまま渋谷に行っても通用するぐらいだが、この少女が渋谷に行けば浮きまくるのは確実だ。


 


 白拍子と書いたが来ている服は白ではない。

 むしろヒョウ柄や黒と言ったカラフルな色使いで見た目からして派手である。


 そんな「平安ギャル」とも言うべきスタイルの彼女だが、実は彼女が小さい訳ではない。


 


 ゆうに晶霊は体長10mはあろうかという大きさで、彼ら晶霊は人間たちと暮らしているのだ。

 そして、彼女達の秘密はそれだけではない。


 オト姫と呼ばれた少女が両手を突然ばたつかせた!

 すると……


 ふわり……


 なんと

 少女はさも当たり前のようにバタフライを泳ぐように地面に並行に浮いて、ふわりふわりと屋敷の方へと向かう。

 少女が泳ぐ地面にはヒトデやなまこのような生き物が居るのだが、それは完全にスルーして、少女は屋敷の縁側で座っている少年少女の側で降りる。


 二人ともオトと同じぐらいの年齢で、少女の方は綺麗な顔立ちをショートカットをしており、オトと同じように白拍子のような服を着ているが、こちらは色使いが紫色を基調としたシックな大人の色使いである。

 そして、オトとは違い、服の上からでもわかるほど胸が大きい。


 もう一人の少年の方はと言えば、言い方が悪いがチビデブだろう。

 お世辞に言ってカッコいいとは言えないが、可愛らしい顔立ちをしている。


 共通点はと言えば、二人とも呆れた顔になっていることだろうか?

 オトは困った顔で言った。


「トワ。あんたの相棒でしょ? 何とかして?」

「わかったよ……」


 渋々と言った感じで両手をばたつかせるトワと呼ばれた少年。

 すると、先ほどのオトと同じようにふわりと浮き上がり、そのままバタフライのような動きで泳いでみせるのだが……


 ぐにょぐにょ……


 上手く泳げずにもたつく。

 すると、もう一人のショートカットの方の少女が同じように両手をばたつかせてトワに追いつく。


「ほら、しっかりしなさいって」

「ご、ごめん……」


 そう言ってもたつきながらも二人で泳いで移動する。


「ちょっと見失ったから上へ移動するわよ」

「そうだね」


 そう言って泳ぎながら少しずつ上昇する二人。

 上へ上がると二人が住むリューグの街の全貌が見える。


 まるで平安京のように碁盤目のような街で、その周りには大きな土塁で囲まれており、まるで要塞のような出で立ちである。

 大通りでは亀やトド、シャチなどに引かせた船に荷物を載せて往来する人々がいる。

 また、普通に泳いで移動する人たちも居て、町は賑やかだ。

 そして、晶霊と呼ばれる巨人たちが町中を普通に歩いている。


 

 

 

 その様子を上から眺めてため息を漏らすトワ。


(こんな光景…………)


 そう考えながらトワは昔を思い出す。

 金剣中学に居た頃の自分を。


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