第86話 夜の太宰府


 その頃、瞬は何をしていたか?


(夜は綺麗よねぇ……)


 空に青く光る帯を見てため息を漏らす瞬。


 柔らかな青い光に照らされて無数の海の生き物が空を泳ぐ世界。

 流石にこの太宰府には多数の晶霊が住んでいるので危険な生き物は近づいてこない。

 だが、水ではなく大気が満ちているこの世界は遠くまではっきりと見える。


 遠くでは鰐が泳いでいるが心配はなさそうだ。

 オサガメのような巨大な亀も泳いでいる。

 オウムガイやクジラも泳いでいるので、さながら太古の海の世界にも見える。


 そんな地球に居ても絶対見られない光景を見ていても、毎日ともなれば見慣れてくる。


(それでもきれいなのよねぇ……)


 何となく嫌なことを忘れられるのでぼんやりと見ている瞬。

 いつもの紫色の袴に白色のひとえを着けて、上に薄い桃色の水干すいかんを羽織っている。


(わたし……どうなっちゃうんだろ? )


 刀和はあの調子なのでそのまま晶霊士としてやっていけるだろう。

 だが、自分はどうなるのだろうか? 


(やっぱり……農家とか庶民の嫁入りとか……よくて貴族に嫁入りとかになるのかな? )


 瞬が考えている通りでそれぐらいしか道はない。

 だが、残念なことにそれは『良く見積もって』それぐらいの道である。


 本来であれば、何の身寄りも無い女の子は売春婦にしかなれない。


 こういった時代は生きるのがやっとなのだ。

 人権がどうのこうのと言えるのは、あくまでも『まともな生活が送れるインフラ』があってのこと。


 現に独裁国家では人権すら語れない。

 『もっと権利をよこせ! 』と叫ぶことが『許される』自体が幸せなのだ。


 瞬もそれがわからないほどバカではない。


(どうしよう……)


 途方に暮れる瞬。

 女の子が……というよりも何の身寄りもない人間が……好きに生きることが許される道はこの世界では一つだけである。


 晶霊士になること


 晶霊士になれば貴族と同等に扱われ、その希少性から女の子でも活躍できる。


 それ故に、庶民でも晶霊士になりたい者も多いが、晶霊士になるためには晶霊に気に入られないといけない。

 だが、庶民は戦に不向きと言うよりも、軍の運用に疎いので今一つなのだ。


 だが、一方で貴族は無理に戦う必要もないのでなりたがらない。

 そう言ったジレンマも抱えているのが難しい所である。


(やっぱ、アカシが私を選んでくれたのって……奇跡的な出会いでもあったのかな? )

 

 瞬は膝を抱えて考え込む。


 実はその通りだったりする。


 刀和に中々相手が見つからなかったのも『素性が知れない』からだ。

 常識的な晶霊なら『誰でも良いから』なんて焦ったりはしない。

 下手すると内部で喚き散らすだけで戦闘の邪魔にしかならないのだ。


 実際に戦闘中に晶霊が相棒を敵に放り投げるという話もある。


 それを知った時の瞬はゾッとしたがアカシならそれは無いだろうと思っていた。


 瞬自身もアカシと凄く息が合っていると感じていた。

 現にあれだけ怖い目に遭っても瞬はアカシと会いたいのだ。


(でも怖い……)


 あの時のことを思い出して身震いする瞬。


 襲ってくる男たち。

 なすすべもなく捕まり、ボコボコに殴られる自分。

 そして服がはぎとられて……そこからはよくは覚えていない。


 瞬の顔が恐怖に歪む。


 それだけ怖かったのだ。

 そんなことを考えていると人の気配を感じた。


(刀和? )


 思わず人の気配に振り返る瞬はそちらを見てきょとんとする。


(誰? )


 見知らぬ男がふわりと地面に降り立つ。

 見た目は貴公子然とした男である。

 だが、纏っている空気が今一つなので『ウザイ』と感じられる男でもあった。


 男はふわふわと優雅に歩き、瞬に近寄って声を掛けた。


「綺麗な夜空ですね……」


 男のすかした物言いにサブイボが立つ瞬。

 何とはなしに胸を見られている気がしたので整えて胸の形が見えないようにする。


「……そうですね」


 思わず棒読みで答える瞬。

 本音は『だからどうした? 』だが。

 男はまあ貴公子と言っていい程度の顔つきであるが、瞬の印象は『ノンスタ井上』だった。

 その男は尚も瞬に語り掛ける。


「こんな良い夜にあなたのような美しい人と出会えるとは運命を感じます」

「気のせいよ」


 さらっと突っ込む瞬。


「綺麗なのは認めるけど綺麗な人に会うたびに運命感じてたらキリがないわよ? 」


 貴公子の言葉を一刀両断する瞬。

 さらっと自分が綺麗であることは否定しない所が瞬らしい。


(でも、こういう奴には嫌われるに限る)


 経験上、こう言った男が大嫌いな瞬である。

 この手の男は自信過剰で態度が悪い。

 瞬はショートカットで快活な性格と水泳部で鍛えたプロポーションを持っている。

 胸も大きくてスタイルも良いので告白されることもしばしば。

 

 それ故に男を見る目も厳しい。


(絶対めんどくさいわ)

 

 どちらかと言えば友情を大事にするタイプの瞬は、隣に居た刀和や天沼への態度で

男を見ていた。


 どちらも大人しいタイプだが、それ故に心の狭い者はバカにしがちである。

 弱い立場の人間への態度には人の本性が出る。

 

(こいつは絶対に刀和や天沼をバカにするタイプだ) 


 瞬が英吾達に好感を持っていたのはこう言ったところにある。


 貴公子は顔をきしませながらも口説く。


「私はこう思うのです。美しい方には私のような貴公子と結ばれるべきと」

「勝手に言ってて」


 流石に相手にしていられなくなり、立ち上がって泳ぎだそうとする瞬。

 すると男は瞬の足を掴む。


「お待ちください! あなたの姿に見惚れてしまったのです! この恋心どうすれば良いんですか! 」

「良いから放せ! 勝手にオナってなさいよ! 」


 必死で逃げようとするが男は瞬の足を掴んで離さない!

 

「あなたに歌を送らせて欲しい! 」

「良いから放せ変態! 」


 そう言って逃げようとした瞬だが、男の顔が大きくゆがむ。


「うるせぇな! 庶民に落ちた女がトーカ家のヒロツグ様に喧嘩売るのかよ! 」

「!!!!!」


 言われて凍り付く瞬。


(トーカ家って言えば……)


 皇族の親王ですら逆らえないほどの貴族である。

 瞬が暴れるのを止めるとヒロツグと名乗った男が醜く笑う。


「ようやく事態がわかったか? お前はもう晶霊士でも何でもないんだよ! 」

「…………」


 悲しそうに顔を歪ませる瞬。


「折角、俺様が貴族に仲間入りさせてやろうとしてんだ! 大人しく従え! 」


 そう言われて悔しそうに俯く瞬。


 これが現実なのだ。


 オトたちが優しいからそれに甘えていただけに過ぎない。

 瞬が大人しく泳ぐを止める。


(権力には絶対に勝てない……)


 あのドームですらも権力の前に負けたのだ。

 ましてや非力な瞬に何もできることは無い。

 大人しくなった瞬を見て勝ち誇った顔で瞬を見るヒロツグ。


「そうそう。そうやって大人しくしてればいい思いさせてやるんだからついてこい! 」


 そう言って男が瞬を引っ張って連れ出そうとした!


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